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<あなたに伝えたい>毎日思い出し記憶守る

子どもたち3人が身長を測った線や文字が残る柱。直也さんはにぎやかだった日々に思いをはせる=気仙沼市

 小野寺弘さん=当時(70)=は、紅波(くれは)さん=同(12)=、光芽(こうが)君=同(10)=、来実(くるみ)さん=同(8)=は、気仙沼市浪板の自宅に家族8人で暮らしていた。弘さんの長男直也さん(44)の子どもたちは当時、鹿折小6年、4年、2年。東日本大震災で弘さんが3人を同小に車で迎えに行き、帰宅途中に津波に遭った。

◎七回忌に寄せて(5)背比べの柱に記録残る3人の子/小野寺直也さん(気仙沼市)から弘さん、紅波さん、光芽君、来実さんへ

 直也さん 家の居間の柱に、背の高さを測った線や文字が残っています。「紅3/3」「お兄ちゃん」「くるみ」。お姉ちゃんの紅波は小学校の卒業式を間近に控え、身長は私の肩ぐらいまであったでしょうか。
 来実が1歳のころに私は離婚し、祖父母や両親と子どもたちを育てました。津波で家の1階が水没し、3日後、近くで車の中から4人が見つかりました。
 大工のいとこに依頼して2011年6月に家を住める状態に修繕しました。「お盆にはみんなが帰れるように」と思ったのです。思い出の詰まった家が残ったのは救いでした。
 紅波は弟や妹の面倒をよく見てくれたね。3人一緒に通学し、来実が歩けないときはおんぶしていたとか。読書が好きで整理整頓を欠かしません。頼りになる優しい子でした。
 工作に夢中だった光芽は、ちょっとふざけたり、いたずらしたりして私に一番似ていた。祖母からこっそりお小遣いをもらっていたことを、あんなに怒らなければよかったな。
 来実はいつも元気。父から引き継いだ造船所の仕事から帰ると玄関で飛びついてくる。3人は「今日、お父さんと寝る人」と手を挙げて、私のベッドで代わる代わる一緒に寝ました。
 仕事が忙しい6年でしたが、子どもたちのことは意識して毎日思い出すようにしています。時間がたち記憶が薄れるのが怖い。あり得ないけれど、忘れて過ごしたくないのです。
 離島の大島に橋を架ける復興事業で、橋につながる県道が家の敷地を通るため、今月から家が解体されます。事業に迷惑を掛けたくないので、1月に集団移転団地に引っ越しましたが、やっぱり寂しいです。
 家が解体されても、居間の柱だけは新しい家に取り付けます。ずっとそばにいよう。紅波たちに恥ずかしくないように生きよう。そう思っています。


2017年03月05日日曜日


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