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<私の一歩>ソフトで地元盛り上げ

フリーバッティングの練習をする星さん(右)=岩沼市内

 震災からもうすぐ6年。さまざまな形で自分の一歩を踏み出した人たちの今を取材した。

◎震災6年(4)星明さん(30)=宮城県岩沼市=

<各地に仲間離散>
 「ワンバウンドしてもいいから投げろ」「いいのはグラブだけかー」
 2月5日、岩沼市の日本製紙敷地内にあるグラウンド。ソフトボールチーム「玉浦シャンクス」のメンバー10人が声を張り上げ、今年初の練習に汗を流した。
 メンバーの多くは東日本大震災で被災した岩沼市沿岸部の玉浦地区の出身。子どもの頃からの付き合いとあって、グラウンドでは自然と笑顔が出る。コーチ兼ファーストで、震災後にシャンクスを立ち上げた星明さん(30)もその1人だ。
 星さんはあの日、休暇で亘理町の温泉施設にいた。揺れが収まった後、津波を避けるため車で大河原町まで逃げ、車中で一晩明かしてから玉浦地区に戻った。同居する両親は無事だったが、2階建ての自宅は1階全体が浸水。家財道具もすべて流されてしまった。
 仙台市の親戚方に仮住まいした後、同市のみなし仮設住宅に入居した星さん。玉浦地区の仲間も名取市や仙台市などに離れて暮らすようになり、次第に連絡を取らなくなったという。

<「常勝チームに」>
 「何だか、つまらないよな」
 一緒に各地のソフトボールチームを渡り歩いていた同級生の菊地拓也さん(31)と語り合った。年の離れた世代のチームの助っ人ではなく、同世代のチームを作りたい。ばらばらになった仲間のよりどころにもなると考え、2014年に初期メンバー11人でシャンクスを始めた。
 成績は14年の5勝5敗から、15年は9勝4敗、16年は12勝4敗と、チームは着実に実力を上げてきた。16年10、11月の仙南ソフトボール協会長杯争奪大会では、前年に続いて優勝を勝ち取り、連覇した。玉浦地区を中心に20代や10代も入団するようになり、メンバーは24人に増えた。
 星さんたちは今、ソフトボールを通じて玉浦地区を活性化させたいと考えている。集団移転先の玉浦西地区に自力再建したものの、高齢者が多く、元気がないと感じるからだ。
 「自分たちが常勝チームになれば、試合自体がまちを元気づけるイベントになる」。地元の盛り上げに一役買おうと、バットを握る手に力がこもる。
(岩沼支局・桜田賢一)


2017年03月05日日曜日


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