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<震災6年 まち再生>「職住分離」どう集客

買い物客で混み合うさんさん商店街=4日午後1時ごろ、宮城県南三陸町志津川

 東日本大震災の津波被害を受けた岩手、宮城、福島の被災3県の沿岸部は、まち再生の取り組みが正念場を迎えている。中心市街地を造り直す大規模な土地区画整理事業は道半ば。現地再建への戸惑い、廃業の危機、地域格差など課題は山積する。震災から6年を迎える被災地の今を追う。

◎正念場迎える被災地(4)宮城県南三陸

 夜間人口ゼロ−。宮城県南三陸町志津川地区で行われる土地区画整理事業は、住む人を想定しない異例のまち再生だ。

<商環境一変>
 東日本大震災の津波で同町志津川の中心市街地は壊滅し、町全体で800人以上が犠牲になった。「二度と命を失わない町にする」。佐藤仁町長が選んだのは住まいを高台に移す「職住分離」だった。
 志津川地区を貫く八幡川の両岸には高さ8.7メートルの河川堤防を整備。残った低地部は約10メートルかさ上げし、住宅が建てられない災害危険区域に指定した。
 60ヘクタールに及ぶ区画整理事業地内で3日、28店舗が入る「南三陸志津川さんさん商店街」が、いち早くオープンした。周囲には住宅がない。商店街にいかに人を集めるか。課題は大きい。
 かまぼこ店を出店した及川善祐さん(63)は2月、商店街に近い高台の防災集団移転団地に自宅を再建した。4月には約4キロ内陸に工場を開設する。震災前、及川さんの自宅は志津川の中心市街地にあり、店と工場も隣接する「職住一体」。「震災前は商売と生活が一体で、客もほとんどは地元だった」と振り返る。
 震災は南三陸の従来の商環境を一変させた。本設に先立ち、33店舗が集った仮設商店街は図らずも知名度が高まり、国内外からボランティアや観光客が年間40万人も押し寄せ、地域経済を支えた。一方、町の人口は現在約1万2000。震災前より30%も減った。
 及川さんは「地場の購買力は落ちる。質の良い商品を作り、これからも『外貨』を獲得しなければ生き残れない」とみる。

<集いの場に>
 「被災地支援で訪れる来場客は、いずれ少なくなる」。危機感を抱くのは商店街を運営するまちづくり会社「南三陸まちづくり未来」社長三浦洋昭さん(58)。阪神大震災で被災した神戸市長田区にある大正筋商店街振興組合の前理事長伊東正和さん(68)から何度も助言を受けた。「仮設から本設に移ってから本当の苦労が始まる」と。
 さんさん商店街の建設事業費は7億円。そのうち2億円をまちづくり会社が負担する。各店が店舗面積に応じて支払う月5万〜20万円のテナント料を元に、10年かけて返済する。10年以内に商店街から撤退すると、会社への出資金は返ってこない。華やかなスタートの裏には厳しさが伴う。
 「堅く、堅く経営しなければならない」。三浦さんは自らに言い聞かせながら、地元住民の集客策を今も模索する。
 今夏、区画整理地内には大型スーパーが開業する。地元客を取りこぼさないよう商店街には産地直売所を入れた。盆踊りや朝市といった住民が大切にしてきた行事も実施し、町民の集いの場にする考えだ。
 3日の開業日に神戸市から駆け付けた伊東さんは言う。「本設になった今、商店街の原点に立ち返らないといけない。地元のお客さんとどう向き合うかだ」
(南三陸支局・古賀佑美)


2017年03月06日月曜日


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