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<私の一歩>かまぼこの街 再生誓う

店の従業員と話す直江さん。「あっという間の6年でした」=塩釜市北浜の直江商店

 震災からもうすぐ6年。さまざまな形で自分の一歩を踏み出した人たちの今を取材した。

◎震災6年(5)直江僚大さん=塩釜市=

<自信作が最高賞>
 昨年7月、塩釜市北浜にオープンした店舗にトロフィーが置いてある。「農林水産大臣賞」。2015年の全国蒲鉾(かまぼこ)品評会で、自社製品の「おとうふかまぼこ 竹の子」が最高賞に選ばれた。
 「タケノコと三つ葉を練り込んだ自信作。従業員と力を合わせて開発したので、受賞は本当にうれしかった」。かまぼこ製造販売「直江商店」(塩釜市)社長の直江僚大(ともひろ)さん(34)にとって、「竹の子」は自分たちの復興を象徴する商品になった。
 11年3月、北浜地区にあった工場と店舗兼住居は東日本大震災の津波で破壊され、がれきで埋まった。当時、社長だった父親は惨状を目の当たりにして「再建は難しい」と言った。従業員を解雇し、廃業が現実味を帯びた。
 6月に入ると、常務だった直江さんの携帯電話が盛んに鳴るようになった。会社の代表電話からの転送で「中元商品を注文したい」と1日20〜30件かかってきた。ほとんどが被災したことを知らない県外の顧客。「再開したら連絡してほしい」と励まされた。500通を超える手紙も届いた。

<顧客の声 励みに>
 「やろう」。顧客の激励の言葉に背中を押され、再建を決意。20代の若さで父親から経営を引き継いだ。顧客情報が残っていたことも幸いし、被災状況や再建の見通しをダイレクトメールで客に送った。グループ化補助金を活用し、震災前と同じ北浜地区に工場を建設。12年6月、出荷にこぎ着けた。
 真新しい工場で初めてかまぼこが出来上がった瞬間を鮮明に覚えている。熱々を紙に包んで頬張った。「本当に再開できる」。実感が口の中で広がった。
 工場と店舗のある場所は目の前に塩釜港が広がり、約5ヘクタールに及ぶ土地区画整理事業が進む。周囲の宅地はほとんど更地で、新たな市街地の姿はまだ見えない。
 かまぼこ業界は震災で失った販路の回復に苦しむ。通販主体の直江商店も売り上げは震災前の8割程度。全国有数の生産地だった宮城県の都道府県別生産量は5位(15年)と低迷する。
 街の復興も、業界の復興も、胸突き八丁に差し掛かる。「塩釜ブランドを前に出し『かまぼこの街』の再生を目指したい」。直江さんは言葉に力を込めた。(塩釜支局・山野公寛)


2017年03月06日月曜日


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