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<私の一歩>内陸部との橋渡し役に

南三陸産のワカメを手にする最知さん。「沿岸部と内陸部の橋渡し役になりたい」=栗原市若柳のスーパーさいち

 震災からもうすぐ6年。さまざまな形で自分の一歩を踏み出した人たちの今を取材した。

◎震災6年(6)最知純さん(43)=宮城県南三陸町=

<通勤 往復約120キロ>
 南三陸町の自宅を軽トラックで出るのは午前5時。気仙沼市魚市場で仕入れをし、栗原市若柳の店舗に向かう。通勤距離は往復約120キロ。積雪だったり、雨風が強かったりするとハンドルを握る手に力が入る。
 「考え抜いた末、若柳に店を構えると決めたのだから、『大変だ』とか『疲れた』とか弱音は吐けない」。昨年2月、国道398号沿いに鮮魚店「スーパーさいち」を開いた最知純さん(43)が表情を引き締める。
 18歳の時から魚に関わる仕事をしてきた最知さん。遠洋マグロ船の乗組員として世界の海で魚を追い、1999年の減船に伴い気仙沼市魚市場近くの鮮魚店に就職した。
 しかし震災の津波が店を直撃し、仕事がなくなった。2年ほど土木作業をして蓄えた資金で保冷車を買い、仮設住宅などを回って鮮魚の移動販売を始めた。

<地元PRしたい>
 大音量で音楽を流しながら仮設住宅に近づくと、主婦らが次々にやって来る。「役に立っている」という充実感があった。それでも2015年5月、若柳朝市に出店したのをきっかけに、知り合いもいない若柳で開業することを決めた。
 「南三陸の人たちが復興のため地元で頑張っているのに、自分は地元を離れて店を出す。後ろめたい気持ちはあったし、陰口も言われたと思う」と振り返る。
 「若柳で新鮮な魚介類を販売すれば、内陸部で南三陸をPRできる」「内陸なら津波におびえなくてもいい」。二つの思いが交差する中での決断だった。
 スーパーさいちは2月18日に1周年を迎えた。記念セールでは常連客らが格安のホヤ、おろしたての刺し身などを買い求め、閉店時には完売になる盛況ぶりだった。
 最知さんは店先にテントを張って南三陸の農漁業者とフェアを開くなど、PR活動を展開したこともあった。地元に密着しようと迫桜高(栗原市若柳)のアグリビジネス系列の生徒に店頭を貸し、シクラメン販売応援もした。
 「多くの人に支えられた1年だった。恩返しするとともに沿岸部と内陸部の橋渡し役になれるよう、アイデアを絞って頑張りたい」。口元に決意がにじんだ。(若柳支局・横山寛)


2017年03月07日火曜日


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