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<回顧3.11証言>複数ツール「備え必要」

震災発生直後からツイッターで被災状況を投稿し続けた伊東さん=気仙沼市役所

 東日本大震災で宮城県気仙沼市は、短文投稿サイト「ツイッター」で住民に避難を呼び掛けた。あの日、市の担当者が命の危険を感じながら発信し続けたツイッターによる「つぶやき」は60回以上。どれほどの市民が読み、避難したかは確認できないが、被害状況を全国に発信する重要な役割を果たした。(神田一道)

◎気仙沼市、ツイッターで避難誘導(下)

 宮城県気仙沼市の通信回線が回復したのは2011年3月14日夕。ツイート(つぶやき)をサイトに投稿した市危機管理課主幹の伊東秋広さん(41)の目は、ホームページに表示されたフォロワー(読者)の数にくぎ付けになった。約2万5000人―。
 東日本大震災前は700人程度で、市民の関心は低かった。それが35倍に膨れ上がっている。「これまでとは桁が違う。とにかくびっくりした」と伊東さんは振り返る。
 発生当日の3月11日、テレビ局は全国ネットで伊東さんがつづったツイートを紹介。翌12日には新聞各紙も引用し、火の海と化した気仙沼の状況を詳しく伝えた。
 震災直後、気仙沼の市街地は浸水し、報道関係者は近づけなかった。多くのマスコミが、伊東さんの臨場感あふれるツイートを貴重な情報源として活用することで、被災状況は全国に伝わった。
 伊東さんは「気仙沼の状況をいち早く発信する『広報』の役割を果たせた」と強調する。
 ツイッターで支援の輪も広がった。
 震災直後、深刻な食料不足に陥り、伊東さんは救援物資を求めるツイートを投稿した。すると30分後には、食料を送ることを伝える電話が同課にかかってきた。多くは秋田や山形など県外の団体からだった。
 情報発信と支援拡大の効果を生んだツイッター。一方、本来の避難誘導の役割は果たしたのか。市危機管理課の職員たちは「ツイッターを見てどれだけの人が避難したのかは分からない」「多くは防災無線を聞いて避難したのでは」と効果をつかみかねている。
 ネットメディアに詳しい青森中央学院大専任講師の佐藤淳さん(43)=行政学=は「ツイッターを見て、全ての市民が避難することはあり得ない」と情報ツールとしての限界を認める。
 その上で「一部の人でも見ていれば、周りの人に情報を伝えることができる。大事なのは、防災行政無線だけではなく、ツイッターや(インターネットの交流サイト)フェイスブックなど多元的なツールを備えておくことだ」と指摘する。
 市危機管理課のフォロワーは増え続けており、現在、約3万2000人になった。
 「川崎市の殺陣(たて)道場の方が市内の避難所で子どもたちとチャンバラをしてくれました」
 「俳優の要潤さんが避難所を訪れ応援をいただきました」
 気仙沼市のツイートは最近、復興に向けた明るいニュースが続いている。=2011年9月28日、河北新報
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 2011年3月11日の東日本大震災発生以来、河北新報社は、被災地東北の新聞社として多くの記事を伝えてきた。
 とりわけ震災が起きた年は、記者は混乱が続く中で情報をかき集め、災害の実相を明らかにするとともに、被害や避難対応などの検証を重ねた。
 中には、全容把握が難しかったり、対応の是非を考えあぐねたりしたテーマにもぶつかった。
 6年の節目に際し、被災者の「証言」を集めた一連の記事をあえて当時のままの形でまとめた。記事を読み返し、あの日に思いを致すことは、復興の歩みを促し、いまとこれからを生きる大きな助けとなるだろう。


2017年03月07日火曜日


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