岩手のニュース

<あなたに伝えたい>地域支える姿見守って

地元ケーブルテレビの番組制作で、撮影に臨む岩城さん=岩手県住田町

 岩城直俊さん=当時(17)=は、岩手県陸前高田市の県立高田高2年生。父和彦さん(56)、母美香さん(54)の三男で、岩手県住田町の自宅で暮らしていた。帰宅する路線バスを待っていて地震が起き、市中心部で津波に遭った。午後3時18分、「どこにいるの?」という母からのメールに「市役所」と返信したのが最後だった。

◎七回忌に寄せて(8)温厚で本好きな末っ子/岩城和彦さん(岩手県住田町)から直俊さんへ

 和彦さん 居間で毎日、直(直俊さん)の写真を見ています。顔が老けるわけでもなく、そこだけ時間が止まっている。長かったのか、短かったのか分かりません。
 内陸で暮らし、津波に遭うとは夢にも思わなかった。震災で亡くなった町民は13人。小さい町ですぐに広まりました。会う人に「大変だったね」と言われ「分かっているのか」とやけになりました。人を避けるようになり、積極的に参加した地域活動も離れました。
 転機は茨城県出身の男性との出会いでした。「住田にも被災者はいる」と2013年、地元公民館でクリスマス会を男性と一緒に開き、全国から届いたプレゼントを子どもたちに配りました。笑顔に元気づけられました。4回目の昨年は町民ホールで開催するまでになりました。
 町民向けの番組制作、消防団のラッパ隊、防犯隊といった地域活動にまた関わるようになりました。昔のように直に背中を押されている気がする。「大変だったね」という周囲の言葉が、いつしか「頑張っているね」に変わってきたよ。
 今年2月、熊本地震の被災地で講演する機会がありました。そこで「震災は対岸の火事だった」と頭を下げる人がいた。忘れずに、つないでいくことが復興なんじゃないだろうか。
 温厚な性格で本が好きな末っ子。岩城家の「家訓」で中学時代は週1回、地域の親子バレーで汗を流し、間近で成長を見るのが楽しかった。地元の高校を勧めたけれど珍しく自己主張して高田高進学を決めました。
 内陸育ちで、津波避難の意識はなかったはず。あの日の地震後、声を掛けてくれた知人の車に乗っていれば、助かったかもしれないと今でも思っています。
 生きていれば23歳。何をしていたか分からないけれど、俺は直の分まで生きなければならない。一生懸命やっているよ。どこかで見ていて。励みになるから。


2017年03月08日水曜日


先頭に戻る