福島のニュース

<私の一歩>メダカ米作りに手応え

新寺こみち市で仙台岡田メダカ米を買い物客にPRする遠藤さん

 震災からもうすぐ6年。さまざまな形で自分の一歩を踏み出した人たちの今を取材した。

◎震災6年(7)完 遠藤源一郎さん(64)=仙台市=

<津波で姿を消す>
 ぽかぽか陽気に包まれた2月28日の仙台市若林区新寺。食品や雑貨の露店が並ぶ毎月恒例の「新寺こみち市」で、買い物客の注目を集めたのはメダカだった。
 「メダカと一緒に育てた無農薬のお米ですよ」。宮城野区岡田浜通の農業遠藤源一郎さん(64)が独自ブランド米「仙台岡田メダカ米」をPR販売した。道行く人が展示水槽のメダカに次々と引き寄せられ、「津波でいなくなったメダカを復活させたい」という遠藤さんの話に耳を傾けた。
 遠藤さんが本格的に農業を始めたのは3年前。もともと市職員で2013年3月末、5年務めた八木山動物公園長を最後に定年退職し、第二の人生へと踏み出した。
 農家になろうと思ったのは東日本大震災がきっかけだ。津波で海から約1キロの自宅が流失し、明治の初めごろから続く農家の3代目だった父と兄を亡くした。
 当初は荒れ果てた田畑を前に途方に暮れた。懸命にがれきを拾うボランティアの姿に「自分もやらないといけない」と勇気づけられた。
 農薬と化学肥料を使わず、メダカがすめる環境で栽培するメダカ米。動物公園長時代、津波で姿を消した市沿岸部のメダカの復活プロジェクトに携わった経験から思い立った。「失われた環境を復活させる一つのやり方」と力を込める。

<手間掛けて繁殖>
 専門家に無農薬農法を学び、地元農家の助言も得て栽培方法を試行錯誤した。品種はひとめぼれ。苗は丈夫に育つよう1本ずつ植え、雑草を抑えるため15センチほどの深水で管理する。田植え後にメダカを放流し、稲刈り前にすくい上げる。
 雑草や害虫、苗の生育不良に悩まされ、「手間が掛かり、収量は落ちる。途中で挫折しそうになった」と苦笑する。それでも稲が生き生きと成長し、メダカが増えていく様子を見ると、やりがいを感じる。
 「メダカは英語で『ライスフィッシュ』と言うくらい、稲作とともに繁栄してきた。メダカの復活は復興の一つのシンボルになる」
 自然との共生を目指す遠藤さんのメダカ米作りは今年、4年目に入る。(報道部・小沢一成)


2017年03月08日水曜日


先頭に戻る