岩手のニュース

<震災6年>不明の娘 捜し始めた母

真剣な表情で、友子さんら行方不明者の手掛かりを捜す佐藤さん。家族や友人らに支えられながら諦められない思いと向き合う

 東日本大震災から6年を迎える今年に入り、岩手県陸前高田市で行方不明になった娘を捜す女性がいる。ボランティアと共に地道に土砂を選別し、わずかな手掛かりを求める。「待っててね」。心のむなしさを埋めるように、作業に打ち込む。
 4日、陸前高田市沿岸部の古川沼そば。大船渡市の主婦佐藤則子さん(65)が、石、貝、ガラス、草などが混在したふるいに目を凝らす。「見落としたらかわいそう」。歯や遺留品などを捜し、指先を動かす。
 陸前高田市の嘱託職員で、保健師だった次女友子さん=当時(32)=が震災で行方不明になった。佐藤さんは1月から、地元NPO法人パクトが月2回ほど行う遺留品捜しに加わっている。
 霊感が強い人の言葉にすがり、友子さんお気に入りの羊の置物やうさぎのハンカチを手に、あちこち捜し回ったが見つからない。家族の気持ちが少しでも落ち着くならと、33歳の誕生日に死亡届を出した。認めたくなくて、書類に涙が落ちた。
 友子さんは地震後、他の職員と共に市役所前の公園に待機し、具合の悪い人を介抱していた。2011年4月から岩手県住田町の正職員として働く予定で、高齢化が進む地域の保健活動に情熱を抱いていた。
 ハンガーに掛かった服、専門書などが並ぶ本棚、奇麗に整頓されたタンス。一緒に暮らした家を、ずっと片付けられない。つらくて部屋に長く居られない。
 「どれだけ苦しかっただろう」。津波を連想させる水や海は極力避けた。健康のため続けていた水泳をやめ、風呂はふたをした状態で首だけ出して入る。
 仏壇で拝んでもお墓にお参りしても、そこにはいない。七回忌の法要をしたが、踏ん切りがつかない。
 「待っているだけじゃない」。海の近くで不安だったが行動に移した。自分を納得させたいんだと思う。友子さんだけではなく、今も冷たい思いをしている人たちを見つけてあげたい。
 「体力的にも大丈夫。せめて今年いっぱい続けたい。見ていてね」


2017年03月10日金曜日


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