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<震災6年>復興の虚実 問い続ける

 先日、福島県北と宮城県南の沿岸部を駆け足で巡ってきた。早朝の福島県相馬市・松川浦漁港。昨年9月に完成した原釜荷さばき施設にヒラメやマガレイなどが次々と水揚げされていく。「活気がある」と表現したいところだが、実態は開店休業に近い。相馬双葉漁協の年間水揚げ額は震災前の約4%、3億円にとどまる。

◎取締役編集局長 鈴木素雄

 福島第1原発事故の風評被害を払拭(ふっしょく)できずにいる。放射性セシウムはほとんど不検出だが、例えば震災前は2割程度あった関西方面への出荷はゼロに沈んだままだ。案内してくれた相馬市の伊東充幸農林水産課長がもどかしそうに言う。「誰が言い始めたんですかね? 試験操業なんて」
 危険とのイメージを伴う試験ではなく、あくまで本格に向けた準備、あるいは助走としての操業と位置付けたい−。そう言い聞かせなければ、確かに漁業者もやりきれないだろう。いまだ出荷制限がかかるスズキ、クロダイなど12魚種が解消されれば、本格操業が視野に入ってくるはずだ。
 「恒産なくして恒心なし」という。漁業者の生計を安定させ心穏やかに暮らしてもらうためには、取引量と価格を震災前に戻し、「常磐もの」と呼ばれたブランド力を復活させなければならない。復興とは、ここでは極彩色の大漁旗が港を埋め尽くす日のことだ。
 「復興のトップランナー」といわれる宮城県岩沼市。集団移転先である玉浦西地区は震災前のコミュニティーを尊重した町割りが特長で、住民同士の交流も活発だ。和風のしゃれた集会所で、まちづくり住民協議会の中川勝義会長(78)が振り返った。
 「新しく住む所ができて、ありがたいことです。ただ、以前は400年続いた集落に住んでいたわけで…。震災直後は我慢していましたが、思い出すんですよ、みんな昔のことを」
 6年たって、うずき始める傷がある。反対に、最愛の人を失った人たちが辛酸を癒やすにはあまりに短時日だったと言うこともできる。住宅や商店街、防潮堤が再建されたからこそ、むしろ募る疎外感、焦燥感。折れかけた心は、いまだ添え木を必要としている。
 「名存実亡」という言葉がある。名目だけ存在して実体がないこと。政治家や役所のみならず、私たちが繰り返し口にする「復興」という二文字に実体は伴っているだろうか。根気の要る作業だが、その問いを決して手放さないことが東日本大震災を生き延びた当事者としての務めであり、何より犠牲者への弔いではないかと考えている。
 あすは大震災から6年。復興の来し方を静かに振り返り、行く末をじっくり考える一日としたい。


2017年03月10日金曜日


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