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<震災6年>母港は仙台 世界の波に挑む

東京五輪出場を目指すプロサーファーの高橋さん=仙台市宮城野区の仙台港

 仙台市宮城野区の仙台港を拠点に、2020年東京五輪への出場を目指す女性プロサーファーがいる。太白区の高橋みなとさん(23)。国内有数のサーフスポットは東日本大震災の津波で海岸が削られ、約2年間使えなかった。復活した古里で技を磨く。
 「父がサーファーで、母がウインドサーファー。週末は仙台港が遊び場だった」。自身の名前の由来でもある仙台港には生後数カ月から通い、小学3年でサーフィンを始めた。「自分を育て、成長させてくれた場所」と親しみを込める。
 震災時は仙台市の聖和学園高2年。津波襲来前の仙台港は「(適した)波がなかった」ため、自宅にいた。当日、福島県のスポットの方が乗れそうな波の情報があったものの、「なぜか気分じゃなかった」。結果的に命拾いした。知り合いも全員無事だった。
 海に恐怖心はあったが、高校でプロになるという目標に向けて再出発する。だが、毎日通った仙台港は使えず、週末に青森や山形へ遠征した。11年9月下旬、日本プロサーフィン連盟(JPSA)公認大会で、プロ選手を破ってプロ資格を獲得。「大会の度に公認欠席にしてくれた高校に恩返しできた」と喜んだ。
 念願のプロになった後も、世界を回るには大会賞金やスポンサーの協賛だけでは資金が足りない。実家暮らしをしながらアルバイトをしてきた。
 持ち味は「パワフルでダイナミックなサーフィン」。苦手だった技はオーストラリアで克服し、得意技にした。地道な努力で、JPSAの大会総合成績は12年が11位、13年が8位、14年が5位、15年と16年が4位と着実に力を付けてきた。
 16年8月にサーフィンが東京五輪の追加競技となり、今年2月には五輪を見据えた日本の強化指定選手に選ばれた。「目標が増えた。まずは今季国内で年間チャンピオンになり、海外の試合でも勝てるようになりたい」と気合を入れる。
 仙台港は13年春から使えるようになったが、プロ選手が少なく刺激が足りないという悩みもある。「プロが多い千葉に移りたい気持ちはある」。それでも、試合から帰ると叱咤(しった)激励してくれる仲間がありがたい。
 昨年夏以降、台風の影響や、福島県沖の地震で発生した津波で再び海岸が削られた。それでも「自分はここにいるのが使命なんじゃないかと思うようにしている」。愛着のある地元から世界を目指し続ける。


2017年03月11日土曜日


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