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<震災と聴覚障害者>手助け依頼 ためらう

被災体験を手話で語り合う稲辺さん夫妻=仙台市青葉区の県聴覚障害者情報センター(みみサポみやぎ)

 東日本大震災の被災者向けに仙台市が市内39カ所に整備した災害公営住宅に現在、3106世帯が入居している。うち534世帯に障害者手帳を持つ人が入居し、市の「障害者世帯」に分類される。震災以降、住環境の変化を繰り返し迫られてきた障害者たちは、健常者以上に高いハードルに直面してきた。再出発を図る障害者の姿を追った。(報道部・吉川ルノ)

◎災害公営住宅 再出発のハードル(下)

 仙台市青葉区の災害公営住宅「通町市営住宅」で暮らす稲辺宗悦さん(81)と妻(78)が、手話で語り始めた。「もう忘れたいと思うこともあるけど」。生まれつき全聾(ろう)の2人の手の動きを手話通訳が瞬時に音声に変換する。

<周囲は気付かず>
 稲辺さん夫妻はあの日、海岸から約1キロ離れた石巻市湊町4丁目の自宅2階にいた。住宅や船同士がぶつかり合い、左右に揺れながら迫ってきた。建物が砕け、水しぶきが上がる。音のない世界。恐怖の映像だけが夫妻の目に焼き付いた。
 聴覚障害は周囲に気付かれにくい。震災直後の大混乱の中ではなおさらだ。妻は「聴覚障害があることを知ってほしいと思う場面はあったが、手助けを強いるようで言い出しづらかった」と振り返る。
 被災体験はトラウマ(心的外傷)となった。2人は「当時の光景を思い出したくない」と半世紀以上住んだ石巻市を離れ、2011年3月下旬、青葉区の長女(50)宅へ身を寄せた。
 15年5月、長女と共に現在の災害公営住宅へ。宗悦さんは「住まいや物には困らないが、心の中には津波の映像が強く残っている」と話す。地震が起きるたび、被災体験がよみがえるという。
 14階建ての通町市営住宅には15年4〜5月の2カ月の間に被災者が続々と入居した。現在、140世帯が暮らすが、妻は「近所付き合いがほとんどなく、寂しい」とこぼす。

<地道に各戸訪問>
 入居者の中に特に支援が必要な高齢者の1人暮らし世帯や障害者世帯はどれだけいるのか−。遠藤彰自治会長(66)が青葉区役所や市役所を訪れ、「自治会活動や見回りの参考にしたい」と掛け合ったが、市側から「個人情報」を理由に断られたという。
 「自治会役員や民生委員が各戸を地道に訪ねているが、どこまでケアできるか」と遠藤さん。稲辺さん夫妻とは顔見知りになれたが、不安は消えない。
 昨年11月26日、災害公営住宅で消防訓練があり、稲辺さん夫妻も手話通訳を頼んで参加した。ただ、いざ本番という時、サイレンの音は聞こえない。もちろん通訳もいない。
 長女は「火災報知機の誤作動騒ぎがあった時はたまたま一緒にいたのでフォローできた。私が不在の時に何か起きたら…」と心配する。
 東日本大震災で障害者の死亡率は住民全体の約2倍だったとされる。宮城県内に聴覚障害者は約6000人いる。稲辺さん夫妻は「『聞こえない』ということを周囲に知ってもらうことが大事。ためらわず、どんな手段でも伝えてほしい」と自らの体験を踏まえ、訴える。


2017年03月09日木曜日


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