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<震災と知的障害者>環境の変化に苦しむ

宅配弁当の仕込みをする健志さん=仙台市太白区四郎丸の「フリースペース ソレイユ」

 東日本大震災の被災者向けに仙台市が市内39カ所に整備した災害公営住宅に現在、3106世帯が入居している。うち534世帯に障害者手帳を持つ人が入居し、市の「障害者世帯」に分類される。震災以降、住環境の変化を繰り返し迫られてきた障害者たちは、健常者以上に高いハードルに直面してきた。再出発を図る障害者の姿を追った。(報道部・吉川ルノ)

◎災害公営住宅 再出発のハードル(中)

 あの日、激震に見舞われたのは終業14分前の午後2時46分だった。仙台市太白区の災害公営住宅「芦の口市営住宅」で暮らす山内健志(たけし)さん(39)は、太白区四郎丸にある障害者の小規模作業所「フリースペース ソレイユ」にとどまった。

<バスで1時間超>
 軽度の知的障害があり、東日本大震災前から通っている。いつもの帰宅時間は午後3時半ごろ。午後4時前、約4キロ離れた名取市閖上の自宅は津波で跡形もなく破壊された。
 母悦子さん(65)は「地震の発生がもう少し遅かったら…」と声をのむ。
 2人は間もなく悦子さんの職場の社員寮に移った。ソレイユまでバスを乗り継ぎ1時間以上かかる。菅井明里(あけり)施設長(64)が「遠くなるけど」と気に掛けてくれたが、健志さんは2003年の開設当初からのメンバーだ。「うん、大丈夫」と迷わず答えた。
 そもそも作業所を変えるという発想はなかった。悦子さんは「被災直後は健常者でさえ、職探しは大変だった。ハンディを持つ健志ならなおさら」と話す。
 環境の変化は健志さんにとって相当なストレスだった。朝夕、嘔吐(おうと)を繰り返し、作業所も休みがちになった。吐き気、目まいといった症状は3年近く続いた。

<「永住」確証ない>
 15年5月、現在の災害公営住宅に移った。バスを乗り継ぎ、作業所へ通う日々に少しずつ慣れてきた。菅井さんらの気掛かりは、地震など通勤途中の天災。決して1人で行動せず、周りに助けを求めるよう繰り返し説いている。
 健志さんは、発する言葉が健常者に比べて不明瞭なため、周囲に理解されにくい。悦子さんは「繰り返し話せば必ず相手に伝わる」と励ます。
 「周りに偏見や無理解がなかったと言えばうそになる。ただ、私が一生、健志に付き添ってあげることはできない」と悦子さん。簡単な料理や買い物など、できることは全て健志さん1人でさせている。
 昨年、ソレイユ利用者の「親の会」のメンバーに誘われ、障害者向けのグループホームを初めて見学した。悦子さんが将来の話をすると、健志さんは決まってそわそわしだす。
 多くの被災者にとって、「永住の地」となった災害公営住宅だが、2人に確証はない。悦子さんは「具体的なことは考えていないけれど、本当は考えないと…」と打ち明ける。
 残された時間に思いをはせ、悦子さんの心が揺れる。


2017年03月08日水曜日


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