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<震災6年>笑顔のため 被災地回り児童指導

兄誠さんのサインが入った23歳以下日本代表のユニホームを背に復興への思いを語る手倉森浩さん=仙台市

 サッカーJ1仙台でヘッドコーチを務めた手倉森浩さん(49)=青森県五戸町出身=が、東日本大震災の被災地を回って子どもたちの指導に取り組んでいる。用具の寄贈や練習環境の復旧にも尽力し、日本代表コーチで来年のワールドカップ(W杯)ロシア大会出場を目指す双子の兄誠さん(元仙台監督)と別の立場で被災者に元気を届ける。

◎元J1仙台ヘッドコーチ 手倉森浩さん

<サッカーの原点>
 手倉森さんはJ2山形のヘッドコーチを退いた直後の2013年2月、日本サッカー協会(JFA)の復興支援特任コーチに就任。宮城、岩手、福島の沿岸部のスポーツ少年団(スポ少)で巡回指導や支援物資の提供などを行った。昨年1月に3年間の任期を終え、現在はJFAのナショナルトレセン東北地域チーフコーチの傍ら被災地訪問を続ける。
 「いまだ仮設のグラウンドで練習するなど環境が整わない地域もあるが、子どもたちはプレーできる喜びにあふれている。サッカーの原点がここ(被災地)にあった」と思いを語る。
 被災地のスポ少に直接電話して支援などの要望を受け、1人で足を運んで指導する。強く印象に残っているのは、宮城県名取市閖上スポ少の子どもたち。13年4月、仮設住宅で初めて顔を合わせた。練習場だったグラウンドは津波をかぶって使えず、練習がほとんどできない状況を知った。
 「たった1人で何ができるのか」。答えを求め、何度も指導に赴いた。次第に打ち解ける中で、子どもたちから「自分たちの練習場が欲しい」と声が上がったため、グラウンドの復旧を提案。同8月、児童や保護者らと一緒に土中のがれきの撤去に汗を流した。大喜びでプレーを楽しむ姿に「サッカーの持つ力のすごさを感じた」と振り返る。

<兄と別の立場で>
 閖上スポ少との交流は現在も続く。男女18人を率いる佐藤雄太監督(34)は「浩さんの指導が子どもたちの刺激になり、震災直後より笑顔が増えた。以前の場所に戻った喜びも感じている」と感謝する。
 多くの笑顔と向き合い、「逆に元気をもらった」と手倉森さん。選手や指導者として共に歩んだ誠さんと離れての地道な取り組みこそ「自分に与えられた天命」と考える。一方、23歳以下日本代表監督で昨年のリオデジャネイロ五輪出場を果たした誠さんの偉大さにも気付いた。「自分も被災者から『ありがとう』と感謝された。希望を届けてくれてうれしかった」
 今後も活動を続け、被災地から日本代表を出すのが夢だ。「諦めなければ、きっとかなう。誠は世界で、自分は現場から共にサッカーを通じて被災地を勇気づけていきたい」。復興を支える兄弟の思いはつながっている。


2017年03月11日土曜日


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