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<震災6年>移って 焼き物の技術継承

新天地の郡山市で、ろくろを回す志賀さん

 「新天地に新たな工芸品を根付かせたい」。福島県郡山市の志賀喜宏さん(56)は、「あさか野焼」と名付けた焼き物の境地を開いた。

◎志賀喜宏さん=福島県郡山市=

 福島県浪江町大堀地区の岳堂窯16代目。伝統工芸「大堀相馬焼」窯元の一人だった。6年前の東京電力福島第1原発事故で県内を転々とし、事故発生から5カ月後の2011年8月、本宮市に仮住まいした。
 大堀地区は13年4月、避難区域再編で帰還困難区域となった。「もう戻れないことがはっきりした」。帰還を断念し、新天地での創作を決意した。本宮市に隣接する郡山市に14年5月、新たな窯を構え、その後、住まいも移した。ただ「大堀相馬焼」は名乗らない。
 「その土地の原料で、土地に根差した作品を手掛ける。それが土地への礼儀」。伝統を受け継ぐ浪江で培った信念からだ。
 郡山はかつて瓦の産地だった。特有の粘土は鉄分が際立って多く、陶芸には不向きだが、あえて挑んだ。
 試行錯誤を経て昨年、「正真正銘の郡山の焼き物」が出来上がった。焦げ茶色の陶器には、郡山の風や街並みをイメージした模様をあしらった。
 郡山市の養殖コイ消費拡大の取り組みにも協力。飲食店向けにコイ料理の専用皿を作り始めた。「いずれは郡山で親しまれる特産品に」と考える。
 週5回、陶芸教室を開く。生徒は約30人。「広く技術を伝えれば、本当の意味で大堀相馬焼の継承になる」。決して浪江町と大堀地区を忘れてはいない。
 浪江町の避難指示は31日、帰還困難区域を除き解除される。町内には昨年、仮設商業施設が開業した。「あさか野焼」を商業施設でも展示、販売するため、浪江に通うようになった。
 「浪江ゆかりの焼き物として、手にしてもらえたら」。ささやかに願う。


2017年03月11日土曜日


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