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<震災6年>気仙沼 5人の分も

故人をしのび献花台に花を手向ける参列者=2017年3月11日午後4時10分ごろ、宮城県気仙沼市総合体育館

 東日本大震災から6年がたった11日、津波被害を受けた沿岸の宮城県内13市町で追悼式や慰霊祭が営まれた。県内では9500人以上が犠牲になり、七回忌を迎えてもなお1200人余が行方不明のまま。参列した遺族や友人は大切な亡き人に思いを寄せ、祈りをささげた。
 1261人が犠牲となった気仙沼市の追悼式は市総合体育館であり、約1050人が参列。家族5人が犠牲となった牛乳販売業千葉清英さん(47)が、遺族を代表し「家族の分まで生き抜くので、天国で見守っていてほしい」と誓った。
 千葉さんは、妻と2人の娘、義父母が帰らぬ人となった。長男瑛太さん(15)と仮設住宅で暮らした6年間を「何が何でも息子を育てると頑張ってきた」と回顧した。
 東京都出身で、14年前に妻の故郷の気仙沼に移り住んだ。12日に同市面瀬中を卒業し、東京の高校へ進学する瑛太さんにはぜひ、気仙沼では経験できないことを学んでほしいと願う。
 千葉さんは「震災で夢や仲間の大切さ、生きる素晴らしさに気付かされた。私には息子がいる。これから先も負けてたまるか」と決意を述べた。
 菅原茂市長は式辞で「犠牲になった方々に誇れる気仙沼をつくることを改めて誓う」と述べた。


2017年03月12日日曜日


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