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<震災6年政府追悼式>古里復興 両親に約束

佐藤昌良さん

◎宮城県遺族代表 佐藤昌良さんの言葉全文

 震災時に1.2メートルの地盤沈下を観測した牡鹿半島に住んでいた両親と連絡が取れなくなり、東京で勤めておりました私は妻と2人、40時間かかって古里にようやくたどり着きました。
 両親は行方不明と聞かされ、実家は跡形もありませんでした。その日から県内各地を捜して回り、1カ月後、金華山沖より収容された母が確認され、その翌日、偶然がれきの中から父を発見することができました。
 震災前の父は、石巻の四季を便りにつづり、母は、三陸の海の幸に少しだけ手を加え、宅配便に詰めて、全国の親族友人に届けておりました。「年を重ねた者の楽しみだ」「石巻の自慢だ」と話しておりましたが、全て津波で消え去りました。
 避難所の方々や、不眠不休で活動している自治体職員の皆さんから情報を頂きながら両親を捜す中で、古里の温かさ、底力を感じ、相互互助精神の真の姿に折れそうな心を支えていただきました。
 過酷な経験を後世に色あせることなく語り続けるため、あの悲しみを忘れません。あのつらさを忘れません。あの無力さを忘れません。あの寒さを忘れません。
 両親の無念の思いに応えるため、火葬を済ませてすぐに東京の職を辞し、父の背中を追い、現在は地域建設業の経営者として復興の最前線に立っております。全国から頂いた善意の力を借りながら空から見えるいい仕事をして古里の復興を必ず成し遂げてまいります。
 安らかに天から見守ってください。
 謹んで東日本大震災で亡くなられました御霊(みたま)にお誓いし、追悼の言葉といたします。


2017年03月12日日曜日


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