岩手のニュース

<回顧3.11証言>逃げながら必死の撮影

陸前高田市役所屋上から、さらに上部へ避難しようとする市役所職員ら=2011年3月11日午後3時35分ごろ(佐々木さん提供)

 東日本大震災で岩手県陸前高田市の市街地に押し寄せた津波は高さ13メートルを超え、全域をのみこんだ。市の指定避難所に避難しながら、犠牲になった人も少なくない。市役所に避難した市職員や市民は、3階、一部4階建ての屋上にまで津波が到達する極限の状態に追い込まれた。(坂井直人、山口達也)

◎陸前高田 避難所で多数の犠牲者
 
 震災の津波に市街地のほぼ全域がのみ込まれた岩手県陸前高田市で、市役所屋上に避難した市職員や市民計124人も、迫り来る津波に生命の危機にさらされた。そのような状況下、1人の男性が市役所屋上に逃げながらも、津波の様子を映像に収めていた。

 市役所と目と鼻の先にある印刷会社「高田活版」。家業を手伝う佐々木高志さん(35)は2011年3月11日午後2時46分、事務所で激しい揺れに襲われた。避難先となる市役所に向かう際、手にしていたのはデジタルカメラとスマートフォン(多機能携帯電話)だった。
 これまで地元の祭りを動画中継サイト「ユーストリーム」に投稿しており、今回も震災を記録しておこうと思ったからだ。
 「その時は、市役所まで津波が来るとは思わなかった」と佐々木さんは振り返る。防災無線が市民に避難を呼び掛ける声が聞こえる中、スマートフォンからユーストリームにつなぎ、市役所前から中継を始めた。
 午後3時10分ごろ。「今、陸前高田市役所です。何とか無事ですが、器物損壊の被害が出ています」。通信事情が悪化したためか、中継はわずか2分3秒で途切れた。市役所から叫び声が聞こえた。「津波が来ている。高台に逃げろ」
 3階建ての市役所屋上へ駆け上がろうとした佐々木さんは、途中の2階で窓ガラス越しにデジタルカメラのシャッターを切った。午後3時26分。目前に津波が見えた。屋上にたどり着いた直後、津波が市役所を揺らした。今度は屋上から市内の様子を写真撮影した。
 津波に覆われた市街地や、大量に流されるがれき、屋上にも水が上がってきたため庁舎の一部4階部分に移動する人たち。陸の孤島状態に置かれた様子を計3分53秒、動画で撮影した。
 「自分の安全を考えれば、無理をし過ぎたかもしれない」。佐々木さんは苦笑いする。しかし、被災前後の陸前高田の状況を収めた動画はインターネットのサイトに転載されて大きな反響を呼び、世界に津波の恐ろしさを伝えた。
 津波の検証にも役立った。静岡大の防災研究チームは佐々木さんから映像の提供を受け、津波が到達した正確な時刻や、市内で防災無線が機能していたことなどを実証した。
 ネット環境が充実した中で起きた今回の震災では、市民の手による津波の被災状況を記録した動画や画像が多く残された。一翼を担った佐々木さんは「津波の恐ろしさを後世に伝えるために、記録を残そうと必死だった」と話した。=2011年11月23日、河北新報
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 2011年3月11日の東日本大震災発生以来、河北新報社は、被災地東北の新聞社として多くの記事を伝えてきた。
 とりわけ震災が起きた年は、記者は混乱が続く中で情報をかき集め、災害の実相を明らかにするとともに、被害や避難対応などの検証を重ねた。
 中には、全容把握が難しかったり、対応の是非を考えあぐねたりしたテーマにもぶつかった。
 6年の節目に際し、被災者の「証言」を集めた一連の記事をあえて当時のままの形でまとめた。記事を読み返し、あの日に思いを致すことは、復興の歩みを促し、いまとこれからを生きる大きな助けとなるだろう。


2017年03月12日日曜日


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