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<むすび塾>「犠牲出さぬ」誓い合う

避難訓練で漁港から高台を目指す住民や大学生
訓練の成果などを基に津波防災の在り方を話し合った

 河北新報社は2月28日、通算64回目となる防災・減災ワークショップ「むすび塾」を宮城県南三陸町歌津の寄木(よりき)地区で開いた。東日本大震災後に県外から移り住んだ人を含め、住民約20人が参加。新旧住民が一緒に津波避難訓練に取り組み、震災時の体験と教訓を共有、あの日から6年の節目を機に「地区から犠牲を出さない」と誓い合った。

◎宮城・南三陸歌津/新旧住民が避難訓練

 寄木地区は海に面した漁業集落。震災で約15メートルの津波に襲われ、四十数戸の8割が流失、住民3人が亡くなった。被災した世帯の多くが海抜40メートル超の高台に集団移転。復興支援に関わってきたボランティアらが観光牧場「さとうみファーム」を2014年に開設し、他県から移住したスタッフが働く。
 避難訓練は10メートル超の大津波を想定。寄木漁港近くで作業する漁師と愛知学院大(愛知県)の学生ボランティア、ファームの従業員らが、海抜約15〜16メートルの高台に駆け足で登った。
 訓練後、参加住民らは訓練で浮かんだ課題や6年前の経験を地区の集会所で語り合った。主婦の酉抜(とりぬき)美智子さん(58)は「避難の大切さを改めて感じた」と評価。川崎市から町内に移住した一般社団法人「さとうみファーム」の金藤克也代表理事(51)も「避難経路を実際に確かめることができた」と手応えを語った。
 主婦の畠山幸子(ゆきこ)さん(78)は、裏山の急斜面の木に震災前から付けていたロープを伝って助かったという親戚の体験を紹介。地域が昭和三陸地震津波(1933年)やチリ地震津波(60年)で被災したことを念頭に「地震が起きたら津波に注意し、高台に逃げる意識が定着している」と話した。
 震災や昨年11月22日の福島県沖地震で津波警報が出た際の対応を巡り、車での避難や船の沖出しの是非についても意見を交わした。
 震災の体験がない次世代への伝承も課題に挙げられ、漁師の畠山侑也さん(22)は「自分が祖父母や父母から教わってきたように、震災の体験や教訓を伝えていきたい」と決意を語った。
 コメンテーターとして参加した東北大災害科学国際研究所の邑本俊亮(むらもととしあき)教授(認知心理学)は「訓練は実際の動きを体に覚えさせることが大事で、条件を変えて何通りも行ってほしい。地域で話し合うことで防災意識も高まる」と述べた。

<寄木地区/観光牧場では羊飼育>
 宮城県南三陸町歌津の寄木地区は町北部の沿岸にあり、江戸時代から続く伝統の小正月行事「ささよ」でも知られる。2月末現在、54世帯207人が住む。
 他の三陸地方と同様、地震による津波に繰り返し襲われている。地区別の津波遡上(そじょう)高(陸地の斜面を駆け上がった高さ)をまとめた町の記録によると、寄木地区の遡上高は1896年の明治三陸大津波で4.9メートル、1933年の昭和三陸津波で3.4メートル、60年のチリ地震津波では3.1メートル。東日本大震災では浸水深で15.1メートルだった。
 2015年8月以降、被災した世帯の多くが地区内の高台(海抜43〜46メートル)に集団移転。寄木漁港近くの観光牧場「さとうみファーム」では羊のサフォーク種やコリデール種を約50匹飼育し、地場産ワカメを飼料にしたラム肉の出荷や羊毛加工などに取り組んでいる。


2017年03月13日月曜日


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