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<回顧3.11証言>死者尊厳、官民で守る

ひつぎの組み立てを急ぐ葬儀社員。業界の災害対策本部には3月中に7000ものひつぎが集まり、宮城県内各地の遺体安置所に届けられた=2011年3月13日、仙台市宮城野区

 大災害の発生に備え、仙台市と葬祭業団体との間で締結された災害時協力協定が、多数の犠牲者を出した東日本大震災で大きな効力を発揮した。ひつぎなど必要物資の調達はスムーズに進み、団体は臨機応変の対処で死者の尊厳を守ることに努めた。表舞台に立つことのない裏方の仕事は今、自治体の災害施策に不可欠な要素として認識され始めている。(阿曽恵)

◎仙台市・葬祭団体の協力協定が効果

<本部設置>
 震災翌日の3月12日午前6時。市役所8階の生活衛生課に、職員2人と仙台地域葬儀会館連絡協議会(会員数23社)の幹部3人が顔をそろえた。
 「死者は千人単位に上るかもしれない」「ひつぎは何とか確保する」
 物資調達の見通しを確認し、各社の葬祭会館を仮遺体安置所とすることを決めた。協議会は宮城野区の会員会社内に災害対策本部を設け、全国から集まる同業者への指示や物資の受け入れ拠点の準備に走りだした。
 生活衛生課の小林正裕課長(56)は「業界との連絡体制が確立し、情報の錯綜(さくそう)を防げた。刻一刻と状況が変わる中、本当に助けられた」と振り返る。

<使命自覚>
 協定は2004年、市と協議会の間で結ばれた。念頭にあったのは、近い将来、高い確率で発生すると指摘されていた宮城県沖地震だ。1995年の阪神大震災で自治体がひつぎの確保に苦慮した経験も教訓にした。
 今回の震災で、市が8月までに引き取った身元不明の遺体は54体。協定には盛り込まれていないが、火葬の際は遺体安置所の宮城県総合運動公園(利府町、グランディ21)から葛岡斎場(青葉区)まで、各社が1体ずつ霊きゅう車で搬送した。仏衣を掛けて生花も添え、遺族が引き取る場合と同じ処置を施した。
 「想定外の災害に混乱する中でも、死者や遺族に配慮した弔いをしてもらった」(生活衛生課)
 業界内に広がっていたのは、社会的使命を果たそうという思い。協議会会長で、「くさかや」(若林区)の日下覚実社長(62)は「身元が判明しているか否かは関係ない。犠牲者の尊厳を守ることに各社が精いっぱい取り組んだ」と強調する。

<準備重ね>
 協定を発動したのは今回が初めてだが、協議会は締結後の05年以降、毎年6月12日に行われる仙台市の総合防災訓練に参加し、納棺や搬送などの手順を確認してきた。
 協議会副会長を務める「清月記」(宮城野区)の菅原裕典社長(51)は「自然災害で多くの犠牲者が出るとの想定から目を背けず、官民が実務に沿って準備していた意義は大きい」と語る。
 県は、46社が加入する県葬祭業協同組合と09年に協定を結んだ。協議会と組合は重複する業者が多く、2団体が一体となって対応に当たった。
 全日本葬祭業協同組合連合会(全葬連、東京)によると、今回の震災を経て葬祭業団体と協定を締結する自治体が増えている。現在、20都道府県と75市区町で協定があり、うち5件が震災後に取り交わした。東北6県では秋田が未締結、青森は締結に向けて検討を進めているという。
 全葬連の松本勇輝事務局長(38)は「これまでは協定の話を持ち掛けてもあまり反応がなかったが、最近は自治体からの申し出が相次いでいる。早急に全県と協定を結びたい」と話している。


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2017年03月14日火曜日


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