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<法廷に立つ避難者>苦しみ・不安 分かって

帰還困難区域の津島地区の自宅に一時帰宅し、荒れた庭を歩く大柿さん夫妻=2月3日、福島県浪江町

 東京電力福島第1原発事故の損害賠償などを東電や国に求める集団訴訟のうち、全国初となる判決が17日、前橋地裁で言い渡される。係争中の集団訴訟は少なくとも全国18地裁で27件あり、原告は1万1400人に上る。古里を奪われた怒りや避難生活での苦しみ、判決への期待…。訴訟に寄せる原告たちの思いを取材した。(福島総局・阿部真紀、柴崎吉敬、高橋一樹)

◎原発事故集団訴訟(中)失った古里

<働く喜び奪われ>
 「『国破れて山河あり』と言いますが、今の私たちには山河もありません」
 1月20日、福島地裁郡山支部。大柿誠一さん(68)の訴えが法廷に響いた。
 福島県浪江町の津島地区は、東京電力福島第1原発事故で帰還困難区域となった。住民が起こした集団訴訟には、大柿さんら約700人が参加している。地区民のほぼ半数に当たる。
 慰謝料の増額のほか「原状回復」を求める。原状回復とは、阿武隈山地に抱かれた自然豊かな津島地区の放射線量を、事故前の水準に戻すことを指す。
 大柿さんは高校卒業後、地元を離れて化学メーカーに就職。23歳の時、出張先で誤って顔に有機酸を浴び、両目の視力を失った。
 失意に沈んだが、古里での再出発を決意。「津島なら知り合いがいる。土地勘もある」。資格を取り、労災事故から8年後、浪江町内に鍼灸(しんきゅう)院を開いた。
 津島では自宅の裏山を愛犬とよく歩いた。幼い頃から慣れ親しんだ場所。鍼灸院は軌道に乗り、町外からも患者が訪れるようになった。
 古里でつかみ直した働く喜びと生きる楽しさは、原発事故で再び奪われた。今は本宮市に再建した自宅で妻と暮らす。不案内な土地で1人で出歩くことはほとんどない。
 津島地区を含む帰還困難区域は6年たった今も、避難指示解除の見通しが立っていない。国は昨年、区域内に復興拠点を整備する方針を示したが、地域全体の将来像は不鮮明なままだ。
 「国のやり方は一方的に映る。事故をなかったことにされたくない。古里を奪われて苦しんでいる人がいることを、国や東電に忘れてほしくない」

<責任明確化望む>
 福島地裁で21日に結審する集団訴訟も「原状回復」を求める。原発事故の集団訴訟で最大となる原告約4000人が参加する。
 福島県楢葉町に住んでいた山内悟さん(62)は都内で避難生活を送る。町は2015年9月、全域で避難指示が解除された。経営していたそば店をいずれ地元で再開させるつもりだが「今は不安しかない」。
 中学を卒業後、都内の有名店に弟子入りし、腕を磨いた。35歳で独立し、古里で店を開いた。自分で取った山菜やキノコ、アユなどを使った天ぷらが評判だった。「お客さんの『おいしかったよ』の一言が何よりうれしかった」
 住宅などの除染は完了したが、山林除染はほとんど行われない。以前のように自然に親しむ生活ができるのか。戻った住民は約1割。商売が果たして成り立つのか。気掛かりな事柄が、次々と頭をよぎる。
 「帰還を決めかねる町民の気持ちに正面から向き合わせたい」。国や東電の責任を裁判で明確にすることが、古里を取り戻す足掛かりになると信じる。


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2017年03月15日水曜日


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