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津波耐えた1本の校木 内陸移植したくましく

津波に耐えたクロマツを見上げる児童ら。枝は横に約6メートル伸びている

 東日本大震災の津波で被災し、内陸のつばめの杜地区に移転した宮城県山元町山下二小(児童98人)の正面玄関付近に、沿岸部の笠野地区にあった小学校跡地からクロマツが移植された。1957年に学校のシンボルとして校木に指定された1本で、このクロマツのように子どもたちがたくましく育つことを願って移された。
 震災時、学校は海から約300メートルの場所にあり、5メートル前後の津波が押し寄せた。校舎を囲んでいた松林はほとんどが流されたが、敷地内の2本が残った。校長室の前にあった枝ぶりの良い高さ約3メートルの1本が校木で、樹齢は60年以上という。
 校舎は昨夏に移転し、クロマツは移植に適した春を待って今月11日に移された。津波で残ったもう1本も、同時に新校舎敷地に移植された。
 2本のクロマツは旧校舎が取り壊された後も、荒れ地の中で強い潮風に耐え続け、卒業生の植木職人がボランティアで枝切りなどの手入れをしていた。
 町に移植を訴えていた同窓会長の嶋田博美さん(67)は「卒業時にクロマツの前で集合写真を撮った思い出がある。奇跡的に津波に負けなかった木を見て、子どもたちにはたくましく育ってもらいたい」と感慨深げに語った。
 17日には新校舎になって初めての卒業式がある。富田栄子校長は「6年生の新校舎での生活は短かったけれど、歴史のあるクロマツを見せることができてよかった」と話した。


2017年03月16日木曜日


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