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研究に情熱輝く業績 国立大定年退職教授

<おおうち・のりあき>51年福島県飯舘村生まれ。東北大大学院医学研究科博士課程修了。米国立がん研究所研究員を経て99年から現職。大学病院副病院長、医学系研究科長を歴任。国のがん検診の在り方に関する検討会座長を務める。
<すずき・いわゆみ>51年東京都生まれ。東北大大学院文学研究科博士課程単位取得退学。島根大助教授を経て93年東北大助教授、97年から現職。日本民俗学会理事、東北民俗の会会長を歴任。日本宗教学会常務理事を務める。
<こがねざわ・たかあき>52年東京都生まれ。東京都立大(現首都大学東京)大学院理学研究科博士課程単位取得退学。北海道大で農学博士号取得。82年宮城教育大講師。97年から現職。みやぎ食の安全安心推進会議会長を務める。

 東北の国立大で研究や教育に携わってきた教授が31日、定年を迎える。東北大大学院医学系研究科の大内憲明教授は乳がん治療研究や教育環境の改善に取り組んだ。文学研究科の鈴木岩弓教授は東日本大震災を機に「臨床宗教師」の養成講座開設に尽力した。宮城教育大の小金沢孝昭教授は東北の農村の活性化に貢献した。3人が長年の研究や取り組みを振り返った。

◎乳がん診断・治療に尽力/東北大大学院医学系研究科 大内憲明教授(65)腫瘍外科学

 「がんへの挑戦」を掲げ、乳がんを30年以上研究してきた。再発率が低く美容面でも優れた乳房温存手術の開発、ナノ・バイオ技術によるがん診断法の確立など成果は多岐にわたる。
 「若い女性が命を落とすのを見てきた。患者の無念を晴らしたい一心でここまできた」と振り返る。
 マンモグラフィー(乳房エックス線撮影)の必要性を説き、日本での導入を実現した。乳がんの大規模研究では、マンモと超音波の併用で乳がん発見率が上がることを明らかにし、論文は昨年1月、英医学誌ランセットの表紙を飾った。
 胆道閉鎖症治療の権威、故葛西森夫氏の元で学んだ。心臓外科が専門だったが、研修医時代に多くのがん患者を診療し、がん研究に転向した。
 医学系研究科長を務めた2012年から3年間、キャンパスを大改修。学生のサポート体制を強化し、教育環境を充実させた。「全国から集まった医学部生の7割が東北に残る。大学に魅力があれば地域医療の向上につながる」と説明する。
 医療過疎の福島県飯舘村で育ち、村の奨学金などで進学した。その村は東京電力福島第1原発事故で全村避難を余儀なくされ、母は避難先で他界した。震災復興への思い入れは強い。
 4月に登米市の病院事業管理者に就任する。「最後のミッションとして地域医療の推進を図りたい」と使命感を燃やす。

◎臨床宗教師定着目指す/東北大大学院文学研究科 鈴木岩弓教授(65)宗教民俗学、死生学

 日本人の死生観を長く探求してきた。多くの命が突然奪われた震災では、宗教者が宗派や教派の違いを超えて人々に寄り添う姿を見た。
 2012年4月、心のケアを担う「臨床宗教師」を養成する「実践宗教学寄付講座」を学内に設置した。他大学に先駆けた試みで、修了生はこれまで152人に上る。
 「震災を機に始まった臨床宗教師は『超高齢多死社会』の今、自己の死を見詰める人のケアにまで発展している。臨床宗教師が病院などで定着し、僕自身が安心して最期を迎えられる世の中になればうれしい」
 小中学生の頃、ジャーナリスト本多勝一氏の探検ルポを読み、異文化に憧れた。東北大文学部に進学、宗教学者の故楠正弘氏、山折哲雄氏に師事した。
 研究の原点は学生時代のアドベンチャークラブ(探検部)の活動。「山登りの口実に山岳信仰を研究テーマにした」と笑う。関心は次第に死を巡る諸問題へと広がった。墓の守り方や遺産相続などに悩む人は多く、さまざまな団体からの講演依頼が引きも切らない。
 脚本家の内館牧子さんは03年から3年間、神事としての相撲を学ぶため研究室に在籍した。「熱心で学生の刺激になったし、顧問を務めた相撲部は強くなった。思い出深い教え子だ」
 4月に総長特命教授に就き、教育研究と寄付講座の運営を続ける。

◎地域の活性化策を探究/宮城教育大教育学部 小金沢孝昭教授(65)農業地理学、経済地理学

 東北の農山漁村で長く、住民と共に活性化策を探る「地域調査運動」に取り組んだ。「里山、里海という宝を守るのは人間。人脈をつくって地域をいかに良くするかを考えてきた」
 ゼミや講義の中からアイデアやプロジェクトが生まれた。名取市の洞口家住宅で子どもが昔の生活を体験する「いぐねの学校」、福島県西会津町の集落に交流拠点をつくる「天空の郷」など、学生と現場を歩いて具体化させた事業が多い。
 1991年から市民と共に農薬削減キャンペーンを展開。翌年ブラジル・リオデジャネイロで開催された「地球サミット」で国際社会にも提唱した。
 この運動をきっかけに、地産地消を実践する仙台市の「朝市・夕市ネットワーク」や農薬・化学肥料に極力頼らない「環境保全米」が生まれ育った。
 学生時代に仲間と長野県佐久市で農村工業の調査を実施して以来、45年近く農村研究に関わった。「サークル活動を続けてきたようなもの」と振り返る。
 震災後、農村の高齢化と農業担い手不足に拍車が掛かった。世界農業遺産の申請認定が今月決まった宮城県大崎地方の「大崎耕土」はこれからの農村のモデルになるという。「そこで暮らすみんなが農業を守る仕掛けを作った。復興も地域振興も住民視点が大切だ」と力説する。
 退任後は学長付特任教授となる。「声が掛かれば地域活性化を手伝いたい」


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2017年03月30日木曜日


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