岩手のニュース

内陸避難家族 天国へ届け鐘の音

ハンドベルの演奏を披露する(左から)小川さん、次男の直哉さん、宮田さん

 ハンドベルの優しい音色が響く。「ふるさと」。会場の多くの人が歌い始め、最後は合唱になった。
 東日本大震災で被災し、岩手県沿岸部から内陸部に避難した人が3月上旬、盛岡市で交流会を開いた。壇上でベルを持つ小川せつ子さん(58)と次男直哉さん(24)、友人の宮田啓子さん(67)の表情が和む。
 小川さん親子は岩手県大槌町出身。宮田さんは釜石市で被災し、今は共に紫波町に住む。
 ダウン症の直哉さんは言葉をうまく話せない。「やったね、直哉」。得意顔の直哉さんにせつ子さんがほほ笑む。津波にのまれて亡くなった夫隆(たかし)さん=当時(60)=に聴かせたかった。
 小川さん夫婦は震災前、大槌町で米穀店を営んだ。あの日、3人一緒に津波に流された。5日後、隆さんが自宅近くで見つかった。子煩悩な夫だった。
 せつ子さんと直哉さんは紫波町の長男夫婦の元へ避難。12年2月、町内で自宅を再建した。直哉さんのことを考えると、仮設住宅での暮らしは無理だった。せつ子さんは「地元を離れることが後ろめたくて。戻りたいって、毎日泣いていた」と振り返る。
 転機は、隣の家に夫婦で越してきた宮田さんとの出会いだった。
 釜石市出身の宮田さんは自宅と営んでいた製麺店を津波で流された。県外で暮らす長男と長女の勧めもあり、内陸定住を決めた。互いの境遇を知ると、2人はすぐに打ち解けた。
 「ハンドベルなら手軽でいい。一緒にやろうよ」。直哉さんに特技を持たせたいと考えていたせつ子さん。相談した宮田さんの提案がきっかけだった。
 直哉さんは腕を上げ、暗譜のレパートリーは10曲超。隆さんが好きだった由紀さおりさんの「夜明けのスキャット」も覚えた。
 昨年10月に台風10号豪雨の被災者を励ますため、岩泉町の避難所を3人で訪ねた。人前での演奏は初めてだった。「震災でつらい思いをしたけど、元気になれました。どうかめげないで」。演奏後にせつ子さんが避難者に語り掛けると、すすり泣く声が響いた。
 「ちゃんと見守っていてよね、隆さん」。せつ子さんは毎朝仏壇に手を合わせ、話し掛ける。亡くなる前は、夫を名前で呼ぶことなんてなかった。
 かけがえのない友人にも出会えた。この地で親子2人、隆さんの分まで生きようと誓う。(横山勲)

[メモ]岩手県内の内陸避難者は今年1月末現在、2887人。県が2015年に実施した調査で、現在住む場所での定住を希望した人は53.1%に上った。県は定住を望む避難者向けに、盛岡市など内陸6市に災害公営住宅291戸を整備する。18年度中に全戸完成の予定。


2017年04月01日土曜日


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