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<釜石津波訴訟>判決要旨

 釜石市鵜住居地区防災センター津波訴訟で盛岡地裁が21日に言い渡した判決の要旨は次の通り。

 【震災以前の1次避難場所の周知】
 市は東日本大震災以前から、住民に対して1次避難場所の名称や場所を周知していた。
 2010年5月にあった避難訓練の際、センターを避難場所として使用したいという町内会の申し入れを市は了承したが、使用に関する市と町内会の合意内容は明らかでない。
 結果的に相当数の住民がセンターに参集した事実のみをもって、センターを津波警報などが発表された際に避難すべき場所として市が許容したとは認められない。
 市がセンターを1次避難場所であると住民に誤解させたとは言えず、市が本来の1次避難場所に加えて、センターが1次避難場所でないことまで周知すべきであったとは言えない。
 【震災当日の市職員の避難誘導】
 犠牲者2人は自分の判断でセンターに避難し、市職員が避難を促したとは認められない。
 センターから1次避難場所である鵜住(うのすみ)神社境内までの距離は約550メートルで、犠牲者2人がセンターに避難した時点で、津波到達予定時刻が10〜20分後に迫っていた。センターから鵜住神社境内に避難誘導することが適切だったとは言えず、市職員に過失はない。
 【震災以前の市立幼稚園の災害対策】
 園の内部規定で、災害発生時の避難計画や避難誘導体制が適切に定められていた。園の職員は震災前から鵜住神社境内が1次避難場所であると認識しており、1次避難場所に関する一定の周知はされていたと推認できる。従って園長らが安全配慮義務を怠っていたとは言えない。
 【地震発生後の園長の避難指示】
 地震発生直後の午後2時50分ごろ、3メートルを予想する大津波警報が出たが、岩手県のシミュレーションでは、この程度の津波では幼稚園付近は浸水しない想定になっていた。警報で園長が幼稚園への津波到達を予見できたとは言えない。
 警報は午後3時14分に予想される高さ6メートルに修正されたが、その2分後に津波が到達していることを考慮すれば、警報が修正された時点で園長が避難指示を出しても、犠牲者が津波に遭うことを回避できたとは認めにくい。よって園長らが安全配慮義務に違反していたとはいえない。
 【結論】請求はいずれも理由がないから棄却する。


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2017年04月22日土曜日


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