広域のニュース

<復興CSR>本業で持続的支援を

青柳光昌(あおやぎ・みつあき)千葉県生まれ。日大卒。財団法人日本船舶振興会(現日本財団)に入会し、東日本大震災復興支援チームリーダーなどを務めた。4月に転籍出向し、現職。共著に「東北発 10人の新リーダー」「復興が日本を変える」など。49歳。

 東日本大震災で芽生えた企業の復興CSR(企業の社会的責任)は、熊本地震でどう生かされたのか。日本財団の職員として、二つの大災害で企業と被災地の橋渡し役を務めた社会的投資推進財団(東京)の青柳光昌代表理事に聞いた。

◎インタビュー・熊本の教訓 社会的投資推進財団 青柳光昌代表理事

 −熊本地震では多くの企業が初期の段階で被災地支援を表明した。
 「初動は東日本大震災に比べ、格段に早かった。災害に対する企業の準備や構えのレベルは上がっている。水や食料、生活必需品を被災者に届けることに議論の余地はない。災害支援はCSRの柱になっている」
 「問題はその次の復旧、復興期の段階。企業が本業を通し、支援を続けられるかどうかが問われている」

 −熊本地震では本業を生かした持続的な支援は少なかったのか。
 「キリンなど一部の企業を除いて、太く、継続的な活動は生まれていない。東日本大震災の東北、阪神大震災の神戸と違い、九州は東京、大阪などからすぐに行ける場所ではない。熊本地震は被害が局所的ということもあり、支援に対する企業の熱意に温度差があったのではないか」

 −日本財団は被災地と企業をどう橋渡ししたのか。
 「地震から1カ月後、被災地支援に関する説明会を東京で開いた。約60社が出席して手応えがあったが、3カ月後には30社になり、半年後は20社に減った」
 「東日本大震災では社員から経営者まで何かをしなければと思った。社会貢献の担当部門だけでなく、トップ自ら関わって資金を用意し、ボランティアをした。熊本地震ではそこまで響いていなかった。担当部門は常にアンテナを張っているが、社内を説得するのは難しかった。全社的な動きにつなげるにはトップの関わりが非常に重要だ」

 −見えてきた課題は。
 「緊急期だけでなく、復興にかけて企業が中長期的に向き合うことだ。本業で支援することでビジネスにもつながる。社会の公器として、そのような経営方針を形にする部署や人員、予算を確保してほしい」
 「大震災以降、消費者の意識は確実に変わってきた。企業が災害という社会的課題に真剣に取り組まなければ、消費者にそっぽを向かれる。値段が少し高くても、社会課題を気に掛け、社会に対して良いことをしている会社の物やサービスを買うという流れは止められない」


2017年04月30日日曜日


先頭に戻る