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被災し盛岡で営業の居酒屋 いざ故郷陸前高田へ

「今日は感謝祭。楽しんでいって」と笑顔で客を迎えた熊谷さん=4月28日、盛岡市

 岩手県盛岡市本町通の居酒屋「陸前高田 俺っ家(ち)」が4月末、常連客の惜別と声援を背にのれんを畳んだ。東日本大震災で被災した陸前高田市の新市街地に「公友館 俺っ家」を出店させるためだ。店長の熊谷浩昭さん(57)は、盛岡での出会いを糧に再出発する。
 営業最終日の4月28日、店は開店直後からなじみ客が席を埋めた。「さみしくなるね」「会いに行くね」。熊谷さんは「本音を言えばさみしい。今日はこれまでの感謝を伝えたい」と調理場に立った。
 1987年、陸前高田市高田町大町で「酔い処(どころ) 俺っ家」を開店した熊谷さん。座席が120もある人気店だったが、震災の津波で自宅と店舗は全壊。多くの友人や常連客が犠牲になった。
 「陸前高田のために誰かが立ち上がらなければ」
 三陸の海の幸を売り込み、内陸に避難した被災者の居場所を作ろうと決心して盛岡に移住。いつの日か古里に戻ると誓いを立て、2011年6月に開業したのが「陸前高田 俺っ家」だった。
 カウンター越しに「一緒に頑張ろう」と励ましてくれる人、古里を離れた寂しさを涙ながらに語る被災者…。被災地を盛り上げようと、新たに出会った仲間と盛岡、陸前高田の両市で音楽イベントも企画した。
 盛岡での生活を熊谷さんは「あっという間の6年間」と振り返り、「人も場所も知らない中でかけがえのない縁ができた。盛岡で俺の役目は十分に果たせた」と振り返る。
 新店舗は4月27日開業の中核商業施設「アバッセたかた」近くに6月上旬、開店の予定。個人店舗では最も早い開業となりそうだ。
 店名の公友館は、かつて陸前高田市にあった映画館にちなんだ。年代や性別を問わず市民が集まり、喜びや感動を共有できる場所になってほしいとの願いを込めた。
 「自分の後に戻る人たちが安心できるよう先陣を切りたい。陸前高田はこれからがスタートだ」


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2017年05月03日水曜日


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