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<揺らぐ内心の自由>戦前回帰 布石じわり

教育勅語が刻字された石碑。臣民として守るべき12の徳目が記されている=塩釜市の塩釜神社

 日本国憲法が保障する「思想および良心の自由」(19条)、「表現の自由」(21条)に、不穏な影が忍び寄っている。「共謀罪」の趣旨を盛り込み、一般人への適用拡大が懸念される組織犯罪処罰法の改正案。教育現場では、国民の務めを説いた戦前回帰への流れが見え隠れする。3日の憲法施行70年を前に、「内心の自由」を取り巻く風向きの変調を追った。

◎憲法施行70年(下)教育勅語

<朝会で朗読>
 陸奥湾に面した青森県平内町。町の中心から離れた山中に、学校法人大和山学園が運営する私立の松風(しょうふう)塾高校はある。全寮制で1〜3年の男女51人が学ぶ。
 「朕惟(ちんおも)フニ…」「爾(なんじ)臣民父母ニ孝ニ…」。午前8時45分に始まる朝会で毎週木曜、全校生徒が教育勅語を朗読する。前身の私塾が開設された1955年以来、続く「伝統」だ。
 同校1期生でもある成田博昭校長は「日本人の精神性を学び、日本人としてのありようを考えるため」と趣旨を語る。
 明治憲法下、天皇に仕える「臣民」への教えとして発布された教育勅語。親孝行、夫婦の和など臣民として守るべき12の徳目を記すが、一節が太平洋戦争への国民動員に利用された。
 「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼(ふよく)スヘシ」。「万一危急の大事が起こったならば大義に基づいて勇気をふるい一身を捧(ささ)げて皇室国家のためにつくせ」(旧文部省の通釈)と説く。

<使用「容認」>
 戦後、教育基本法が制定され、敗戦の反省に立ち、衆参両院は48年に勅語の「排除」と「失効確認」を決議した。
 表舞台から姿を消した勅語がにわかに注目を集めている。格安で国有地が払い下げられた問題に揺れる大阪市の学校法人「森友学園」。運営する幼稚園で、園児たちに暗唱させていたことが発端だった。
 教育の場に勅語を持ち込むことの是非が政治問題化する中、安倍晋三内閣は今年3月、憲法や教育基本法に反しない形での教材使用までは否定しないとの政府答弁書を閣議決定した。
 「勅語の内容は間違いではなく、教材活用も憲法違反とは思わない」と言う成田校長。問題の一節も「当時は戦争に行くと解釈されたが、今は東日本大震災をはじめ災害に苦しむ人の元へ駆け付けるとの意味に取れる」と理解を求める。
 学校教育の場に「戦前回帰」とも取れる風潮がじわりと漂い始めている。

<銃剣道推奨>
 今春、2021年度に実施される中学校の新学習指導要領で、保健体育の武道に「銃剣道」が新たに明記された。木銃で相手の左胸か喉を突く競技。競技人口は約3万人とされ、国体の競技にもなっている。
 銃剣は小銃の先に短剣を装着した武器で、旧日本軍で使われた。銃剣道は兵士訓練の一環として取り入れられた。そのためか、戦争体験者には「人をあやめるための武道」(80代男性)との印象が根強く残る。
 臣民のありようを示し、戦争遂行の精神的支柱にされた勅語の教材使用を否定しない政府。戦前の軍事教練の流れをくむ武道をも推奨する意図は何か。
 「憲法九条を守る首長の会」発起人で、元宮城県鹿島台町長の鹿野文永さん(82)は勅語で育った一人。「憲法を変え、戦争のできる国にするための布石だ。戦前、戦中の価値観を容認し、子どもの心を支配することにつながりかねない」と警鐘を鳴らす。(報道部・馬場崇)

[教育勅語]明治憲法下で主権者だった天皇が、支配する臣民に示した教育指針。1890年発布。各学校に置かれた奉安殿に御真影と共に納められた。有事には身をささげて国家に尽くすよう求める内容が含まれ、戦前の軍国主義教育に結び付けられた。


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2017年05月02日火曜日


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