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<揺らぐ内心の自由>監視社会の到来懸念

押収された2枚の絵の写しを持つ松本さん。治安維持法の恐怖を伝える=4月下旬、北海道音更町

 日本国憲法が保障する「思想および良心の自由」(19条)、「表現の自由」(21条)に、不穏な影が忍び寄っている。「共謀罪」の趣旨を盛り込み、一般人への適用拡大が懸念される組織犯罪処罰法の改正案。教育現場では、国民の務めを説いた戦前回帰への流れが見え隠れする。3日の憲法施行70年を前に、「内心の自由」を取り巻く風向きの変調を追った。

◎憲法施行70年(上)「共謀罪」

<でっち上げ>
 素朴な日常画が犯罪の証拠にでっち上げられた。
 1880年、岩手県軽米町の出身者が入植して切り開いた北海道音更(おとふけ)町。穀倉地帯に暮らす元小学校長松本五郎さん(96)は1941年9月20日早朝、在学する旭川師範学校の寄宿舎に突然踏み込んできた特別高等警察(特高)に連行された。
 美術部長の松本さんが描いた「休憩時間」「レコードコンサート」。学生生活を描いた2枚を、特高は「批判精神を養っている」「国体を変革する志向だ」と決め付けた。容疑は治安維持法違反だった。
 否定しても刑事は聞く耳を持たない。「貴様は思想犯のチンピラだ」と顔を殴られ、資本論や共産主義関連本を突き付けて「これを読んで共産主義とは何かを書け」と強要された。
 「この場から逃げたい」との一心で松本さんが書いた作文も同法違反の証拠となった。42年末に釈放され、その後懲役1年6月、執行猶予3年の判決が下った。松本さんを含め5人が逮捕された「生活図画事件」と呼ばれる。

<徐々に拡大>
 「警察官、検事、裁判官は私たち若造が国体変革を狙っているとは本音では思っていなかったはず」と振り返る松本さん。「政府を批判したら危険だ、という意識を世間に周知徹底するための犠牲になった」
 共産主義者の摘発を目的とした治安維持法を巡り、時の政府は適用対象を徐々に拡大した。内心に踏み込み、国策に従順な国民づくりに法律は利用された。
 歴史の過ちを見詰め直し、「テロ等準備罪」を新設する法案(「共謀罪」法案)への懸念が広がっている。共謀の証拠を固めるため、捜査機関の継続的な監視や盗聴が想定される。
 「思想・内心の自由を処罰するとして批判されている」。福島県川俣町議会は3月定例会で、「共謀罪」法案の提出見送りを求める意見書を全会一致で可決した。
 意見書を取りまとめた無所属の菅野清一町議は「警察判断だけで犯罪が決まる。それでいいのか」と疑問を深める。東北では川俣を含め8市町議会が、撤回や慎重対応を求める意見書を国に提出した。

<覚悟を問う>
 対象拡大への不安は日増しに強まる。金田勝年法相(衆院秋田2区)は4月下旬の衆院法務委で「一般の人は対象にならない」と答弁したが、直後に盛山正仁副大臣は「ならないことはない」と打ち消した。
 世論調査では賛否が二分している。鶴見聡志弁護士(仙台弁護士会)は「テロ対策なら何をやってもいい、との価値判断が広がっている。自由を制限する監視社会になる覚悟が国民にあるのか」と指摘する。
 松本さんは今も道内を講演で回り、自身の経験を伝え歩いている。「国の偉い人が言う事も間違いは必ずある」。「共謀罪」にかつてと似た危うさを感じている。(報道部・片桐大介)

[「共謀罪」法案]適用対象を「組織的犯罪集団」と規定。構成員らが2人以上で犯罪を計画し、少なくとも1人が資金の手配や関係場所の下見といった「準備行為」をした時、計画に合意した全員が処罰される。政府はテロ対策が目的と説明するが、対象犯罪は277に及ぶ。


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2017年05月01日月曜日


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