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<塚前古墳>全長120m 後期東北最大か

上空から見た塚前古墳。盛り上がった部分が後円の一部と推定された=福島県いわき市小名浜(福島大考古学研究室提供)

 福島大行政政策学類の考古学研究室は10日、福島県いわき市小名浜の「塚前古墳」について、全長95〜120メートルの前方後円墳と推定する調査結果を発表した。6世紀の後期古墳では、白河市の下総塚古墳(全長72メートル)を超えて東北最大となる。調査を主導した菊地芳朗教授(考古学)は「古墳時代後期の東北にも、大和政権とつながりの強い有力者がいた可能性が示された」と指摘する。
 塚前古墳は民有地にあり、存在は知られていたが全容や年代は不明だった。宅地開発に伴い、いわき市教委が2016年10〜11月に発掘調査を進め、出土した埴輪(はにわ)から6世紀中頃の築造で、見掛けより大規模であることが判明した。
 研究室が今年3月、現地で測量を実施。明治後期の地形図と現在の地形を比較するなどした結果、古墳は前方後円墳で、前方部は長さ54〜70メートル、幅45〜65メートル、後円部は直径53メートルの規模であることが分かった。
 東北の3〜4世紀の前期では名取市の雷神山古墳が全長168メートルで最大だ。中期(5世紀)−後期は東北でこれまで100メートル級の古墳が確認されていない。仮に塚前古墳が全長120メートルなら東日本で第10位の規模となる。
 菊地教授は「古墳の規模は地域の実力を反映する。古墳時代後期の東北に大和政権の影響がどのように及んでいたか再検討する必要が生じた」と強調。今後、塚前古墳の性格などについて研究する方針だ。

◎国家形成の定説に一石

<東北大総合学術博物館館長の藤沢敦教授(考古学)の話>
 古墳の大きさや形から考えて、東北など地方の有力者が、古墳時代後期(6世紀)に大和政権の運営を支えていた可能性を示すものではないか。6世紀には近畿地方の大王による地方支配が強まり、7世紀の律令(りつりょう)国家形成につながったという直線的な歴史観が支配的だが、そうした定説に一石を投じる発見だ。


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2017年05月11日木曜日


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