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<米国の町から>起業とジャズ再生導く

18世紀以降の街並みが残るニューオーリンズ市の繁華街「フレンチクオーター」。起業の隆盛と伝統のジャズが「カトリーナ」による洪水被害からの再生をけん引する=4月20日
伝統的なジャズと南部料理でもてなす「パームコート」。世界中の観光客で連日にぎわう=4月19日、米ニューオーリンズ市
高級チョコのような包装の歯磨き粉

 2005年の超巨大ハリケーン「カトリーナ」が襲った米ルイジアナ州ニューオーリンズ市は今、「起業の街」として注目を集める。大企業や団体は被災地で社会課題の解決に意義を見いだし、ベンチャー企業を育成。中心街の店は同市が発祥のジャズを奏でる場をつくり、起業家や住民に勇気を与える。大小の復興CSR(企業の社会的責任)が再生に歩む街を導く。(「被災地と企業」取材班)

◎NPOや大企業が事業支援/雇用創出人口も回復

 毎年3月、ニューオーリンズ市は起業家や投資家の熱気に包まれる。「起業家週間」と呼ばれる期間中、全米から多彩な人材が集まり、事業構想を競い合う。9回目の今年は1万4000人が参加。企業や投資家が寄せた賞金総額は約5000万円に上った。
 主催するのは2000年に創設された起業支援のNPO法人「アイデア・ビレッジ」。広報責任者のカリー・スミスさん(32)は「新しいビジネスを発信し、起業精神を盛り上げる場。新興企業の成長を加速させることが私たちの役割だ」と熱っぽく語る。
 同法人はこれまで約5800人の起業を支援した。重点支援した約200人はその後、約3000人の雇用を生み出した。地域への経済効果は年約200億円と推定される。
 被災前、同市は石油、観光、運輸といった主要な産業構造が硬直化し、地域経済は低迷。44万の人口は若年層を中心に減少し、汚職や犯罪が絶えなかった。
 「起業の街」として輝きだしたのはカトリーナから約5年後。スミスさんは「地域が大打撃を受け、内外の若者が自分たちで何とかするしかないと考えるようになった。政財界でも世代交代が起こった」と話す。
 起業家を育て、新興企業を支えているのはアイデア・ビレッジといったNPO法人や財団、基金など。変革の源泉となった、これらの団体を支援するのがCSRを掲げる既存企業だ。
 電機・金融大手ゼネラル・エレクトリック(GE)、投資銀行大手ゴールドマン・サックスなどは専門家を現地に派遣し、技術や資源を提供してきた。
 政策の効果も大きい。ルイジアナ州は起業を支援する投資家に対し、税を大幅に控除する優遇策を導入した。従業員の確保や人材開発にも積極的に関わる。
 10万人当たりの市内の起業家数は13年、465人。全米平均の276人を大きく上回り、04年比で倍増した。被災後23万に激減した人口は39万まで回復した。
 同市を拠点に全米、世界へと事業を広げるケースも目立つ。教員の業務改善ソフトを開発する「キックボード」は32州に進出。市場調査会社「ルーシッド」は英国やインドに展開する。
 スミスさんは「カトリーナの前より地域を良くするのが目標。創業5年目、10年目の企業の課題も支援したい。もっと大きな波を起こせる」と意気込む。

◎繁華街で最初に再開の店/伝統の調べが希望に

 ジャズ発祥の地、ニューオーリンズ市には世界中から観光客が訪れる。被災し、沈んだ街の一隅を照らすように真っ先に営業を再開したのは1軒の店。繁華街でジャズとともに魚介などの南部料理を楽しめる「パームコート」だ。
 1989年に創業したオーナーのニーナ・バックさん(75)はバンドに同行した欧州ツアー中、被災を知った。倉庫に保管していた数千枚のレコードは洪水で流失した。かろうじて、店は看板が強風で外れただけで浸水は免れた。
 「市外に避難した音楽家はニューオーリンズに戻ることをためらっていた。呼び戻すことが私の使命だった」とバックさん。被災地への立ち入り禁止が解けた1カ月半後の2005年10月に店を再開した。
 再出発の日の客は数人。客足は伸び悩んだが被災前と同様、週5日営業した。出演者のギャラは6カ月間、支援団体が支払ってくれた。にぎわいが失われた「聖地」に軽快なジャズの調べを流し続けた。
 パームコートが先駆けとなり、クラブやレストラン、ホテルが営業を始めた。被災前の4割弱に落ち込んだ観光客数は15年、被災前とほぼ同じ水準の約1000万人に回復した。
 バックさんは「音楽家だけでなく、他の店にとって希望になれた」と誇る。「ニューオーリンズと言えばジャズ。引退したらと言われるけど、ジャズは私の人生そのものよ」
 繁華街にはジャズに加え、ブルース、ハードロックなど多彩な音楽が流れる。小さな店の一つ一つに宿る社会的責任が、ニューオーリンズの伝統を守り、未来へと引き継いでいく。

◎災害後に製品化革新的歯磨き粉/「テオデント」

 ニューオーリンズ市で生まれた独創的な新興企業の一つが、歯磨き粉開発の「テオデント」だ。社名と同名の商品はチョコレートの原料となるカカオ由来の物質を配合。歯のエナメル質を修復し、虫歯予防の効果があるとされる。
 創業者の一人で元ルイジアナ州立大歯学部教授の中本哲夫さん(77)=広島県出身=は「健康被害が指摘されるフッ素に代わる革新的な製品」と説明する。
 配合物質の特許はカトリーナ前に取得。災害後、行政は市内にバイオ技術の振興地区を設け、NPOなどが同社に研究や資金を支援した。製品化は2012年。高級チョコのような包装は国際的なデザイン賞を受賞した。中本さんは「市内で起業の機運が高まり、私たちは創業にこぎ着けた」と話した。

◎NPO法人「プロペラ」代表/アンドレア・チェン氏に聞く

 ニューオーリンズ市は「カトリーナ」からの再起の過程で「起業の街」として知られるようになった。同市を拠点に起業支援に携わるNPO法人「プロペラ」のアンドレア・チェン代表に、復興における企業や起業家の役割を聞いた。
 −プロペラを設立したのはなぜか。
 「カトリーナ後、若者ら多くのボランティアが復旧を手伝った。前向きな行動やエネルギーを組織立てて応援したいと考えたのがきっかけ。高校教師を辞め、ボランティアのまとめ役を始めたのが2007年。09年にNPOを創設した」
 −プロペラの役割は。
 「地域の社会問題を解決する構想を持つ起業家を支援する。支援先は教育、健康、食、水の4分野。生活に必須の取り組みに絞った。住民の健康講座を開く診療所や屋内型農園の運営業者、育児センターなどの起業をサポートしている」
 「これまで131のベンチャー企業設立を支援し、300人以上の雇用を生み出した。調達した資金は約80億円に上る。約60の事業者がプロペラの共同作業スペースを活用している」
 −企業はプロペラに対し、どんな貢献や役割を果たしているか。
 「米金融大手のJPモルガン・チェースや、自然食品スーパーのホールフーズ・マーケットなどの大企業が、出資や起業家への助言などで協力している。企業の役割は大きい」
 「災害復興では時間の経過とともに需要や課題が変わるため、先手を打つ必要が出てくる。行政の支援は一般的で特化したことはしにくい。これに対し、企業は優先順位を決め、地域や分野を見極めて必要な資金や資源を提供できる強みがある。地域の声を聞き、健全な構想に投資したり指導者を育成したりできる」
 −現在の課題は。
 「起業家は白人に偏り、人種間で差が出ている。黒人や中南米系は同じ資金集めでも簡単にはいかない。他団体とも連携して権限や財源を持つ政財界の指導層に働き掛け、現状を変えようと努力している」
 −東日本大震災の被災地で社会問題解決に取り組む企業や起業家へのアドバイスはあるか。
 「大事なのは、地域が何を必要としているかを知ることだ。事業が経済的利益だけでなく、長期的に見てコミュニティーにとってプラスになるのかどうか。取り組むべき課題を見つけたら、勇気を持ってスタートしてほしい」


2017年05月13日土曜日


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