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震災遺児の中学生「語り部」に臨む

初めての「語り部」に臨んだ小野寺優羽さん=24日、宮城県七ケ浜町向洋中

 東日本大震災で祖母と母を亡くした宮城県七ケ浜町向洋中3年の小野寺優羽(ゆう)さん(14)が24日、「語り部」として自分の経験や心情を初めて生徒の前で話した。陸前高田市で被災し、双子の姉美羽(みう)さん(14)と七ケ浜町の里親の元に移り住んだ。「家族が亡くなったことを最初は知られたくなかった。今は支えてくれる人がいっぱいいる。だから伝えたい」という思いを胸に原稿を読んだ。
 避難の途中、後ろを振り返ると、家がどんどん流されているのが見えました。私の家も海のすぐそばだったので全部流されてしまいました。
 優羽さんは震災当時は小学2年で、陸前高田市で祖母と母、伯父、姉と5人で暮らしていた。地震発生後、母に「おじちゃんを迎えに行くから待ってて」と言われ、母の友人の家に預けられた。津波が迫り、さらに近くの避難所に逃げた。翌朝、迎えに来たのは伯父だけだった。
 避難所で生活して、1カ月がたった頃、母の遺体が見つかりました。祖母の遺体はまだ見つかっていません。早く見つかってほしいと思います。
 葬儀場に母の遺体が運ばれた。「顔を見る?」と聞かれたが、見なかった。
 “母が死んだ”なんて信じたくなかったからです。でも最近、母の顔を思い出そうとすると、もやがかかったように思い出せなくなってきてしまいました。あのとき母の顔を見ればよかったと後悔しています。
 陸前高田市出身の里親に姉と一緒に引き取られ、向洋中(生徒281人)に入学した。向洋中は復興支援チーム「Fプロジェクト」をつくり、海浜清掃、災害公営住宅の住民との交流会などに取り組んでいる。
 活動に加わり、他の語り部の体験談を聞いているうちに「誰にも教えたくない」という気持ちが「話してみたい」に変わった。
 教諭や同級生の助言を受け、これまで周囲に話してこなかった心情を何度も書き直して、24日の校内行事に臨んだ。「心の空白を埋めるような感じでした」と担当の瀬成田実教諭(59)は振り返る。
 もし、母や祖母に会えたら「短い間だったけど、育ててくれて本当にありがとう」と伝えたいです。(中略)伝えたいことがあれば、そのときにその人に伝えてください。
 初めての語り部を終え、同級生に抱き締められた。涙があふれた。教室の最後列で見守った姉の美羽さんは「私も話そうかな」。ノートには自分の体験が既に書いてある。


2017年05月25日木曜日


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