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歴史香るそばコーヒー「ブラジル移民の父」が縁

大石田そば街道振興会が作った「そばコーヒー」(手前)
鈴木貞次郎(山形県大石田町提供)
水野龍(国立国会図書館蔵)

 山形県大石田町のそば店などでつくる「大石田そば街道振興会」が、地元固有のソバ在来種とコーヒー豆のブラジルから抽出する「そばコーヒー」を開発し、加盟店で試飲サービスを行っている。日本からブラジルへの移民定着の礎を築いたとされる町出身の鈴木貞次郎(1879〜1970年)の功績から着想した。秋には商品化し、ほのかに歴史の香る一杯を新たな町の名物にしたい考えだ。
 そばコーヒーは、ソバの来迎(らいごう)寺在来種の実とコーヒー豆(ブラジル)をそれぞれ焙煎(ばいせん)し、5対5の割合でドリップする。ソバの実は殻をむいて焙煎。来迎寺在来種はソバの中でも香りが強い品種で、コーヒーに負けない存在感があるという。
 振興会は、大石田のそばの魅力を斬新な切り口で発信しようと、2016年度から国の地方創生加速化交付金を活用し、開発に取り組んできた。
 苦心したのは、そば店になじむ味と香りに仕上げること。特にコーヒー豆の焙煎方法や、ソバとの配合割合は試行錯誤を重ねた。
 海藤均会長(62)は「苦労のかいがあって、そばの香りが十分に楽しめる。お客さまの評判も上々だ」と満足げだ。
 試飲サービスは町内の13のそば店と喫茶店、温泉施設が実施中で、10月下旬には土産品として販売する方針。各店がメニューに加えることも検討している。
 連絡先は事務局の大石田町まちづくり推進課0237(35)2111。

◎明治期にブラジルへ移民の懸け橋に ゆかりの老舗喫茶協力

 そばコーヒーのアイデアにつながった鈴木貞次郎は大石田の立志伝中の人物。町などによると、コーヒーにつながるエピソードもあった。
 1905(明治38)年、南米チリへの移住を目指して出航した船内で、鈴木は皇国殖民会社代表としてブラジルに向かっていた水野龍(1859〜1951年)に出会う。
 水野は日露戦争後の深刻な食糧難や失業問題に対応するため、日本からブラジルへの大規模な移民の実現を目指していた。
 鈴木は水野の思想に共鳴し、行き先をブラジルに変更。水野はサンパウロ州の有力者らと交渉し、日本からの移民受け入れに道を開いた。鈴木は後続の日本人移民の世話をし、ブラジル社会への定着に貢献したとされる。
 水野は後にサンパウロ州政府からブラジルコーヒー販売権を認められ、1910(明治43)年に会社を起こし、翌年に老舗喫茶店「銀座カフェーパウリスタ」(東京)を開いた。
 同店は、そばコーヒーの開発に当たっても、コーヒー豆の提供や焙煎方法の助言などで、大石田そば街道振興会に協力している。


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2017年05月27日土曜日


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