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<高田松原>復活へ「感無量。涙が出そう」

「感無量。涙が出そう」と語り、松の苗木を植える鈴木さん=27日、陸前高田市

 「美しい松原を後世に伝えたい」。東日本大震災で壊滅した陸前高田市の名勝「高田松原」再生を目指すNPO法人「高田松原を守る会」理事長の鈴木善久さん(72)は27日、万感の思いを胸に、記念植樹会に臨んだ。
 守る会は2006年、市民有志らで発足した。松原清掃など活動が軌道に乗り始めたとき、震災が起きた。当時の会長ら9人が犠牲になり、被災した会員も多い。解散の可能性もあった。
 そのころ、「遺伝子」と出会った。岩手県住田町の女性(79)が、クリスマスリース作りなどのために震災前年の秋に高田松原で拾った松ぼっくりから採った種を届けてくれた。いつか松原に−。希望が湧いた。
 市民生活は混乱の極みにあった。松どころではない。それでも、震災から5カ月後の市復興計画検討委員会の初会合で訴えた。「やっぱり、高田には白砂青松の松原の復活が必要だ」
 中学時代は生物クラブに所属し、砂浜や松林、沼で植物の生態観察に熱中した。地元中学校の校長を定年退職後はさらに研究を深めた。潮干狩り、海水浴、花火大会。楽しい思い出はいつも、松原と共にあった。
 松原復活に向け、守る会は週末、松苗畑の草取り、苗木を風から守るためのすのこ作りと準備を進めてきた。作業は200回を超え、延べ4200人以上のボランティアが協力。全国から届く寄付のほか、研究機関にも支えられた。
 江戸時代、地元の先人が私財を投じ苦労を重ねて植林し、その後も市民が守り育ててきたのが高田松原だ。植えて終わりではない。ハマナスやニッコウキスゲといった松原跡地で見付けた植物も移植し、群生地をよみがえらせたい。
 松が高さ約20メートルまで育つのに50年はかかる。多分、子どものころ駆け回った松原と同じ景色を、生きて再び見ることはない。
 「これからいろいろあると思うけど、元気に大きく育てよ」。鈴木さんはそう言って、苗木の根元に優しく土を寄せた。


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2017年05月28日日曜日


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