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<8割帰還>教育環境改善 呼び水に

6月の大会に向け練習する広野中の野球部員=福島県広野町

 東京電力福島第1原発事故で一時、全町避難した福島県広野町は今春、帰町者が人口の79.1%(11日現在)、約8割に達した。町は3000人以上の作業員が暮らす復興の拠点にもなっている。周辺の原発事故被災地に先行して、新たな再生の段階に入った広野の現状を報告する。(いわき支局・佐藤崇)

◎福島・広野からの報告(上)先行の実態

<野球部が再開>
 生徒がボールを追い掛ける。当たり前だった風景が7年ぶりに戻ってきた。
 広野町で唯一の中学校の広野中は本年度、野球と女子バレーボールの部活動を再開させた。
 野球部には1年生9人、2年生1人が入った。計10人で臨む6月の公式戦は目前。「ナイスキャッチ!」。校舎近くの町総合グラウンドでの練習に熱が入る。
 広野町は原発事故後、独自判断で全町避難した。避難指示は1年後に解除。小中学校も2012年8月、町内で授業を再開した。
 再開当初31人だった広野中の生徒数は現在83人と、事故当時の半数近くまで戻った。スポーツ少年団などに子どもを通わせた保護者から高まったのが、両団体競技の部活復活を求める声だった。
 教育環境の回復は次の帰町の呼び水になる。
 野球部1年の坂本冬威(とうい)さん(12)は今春、避難先の新潟市から母、2人の姉と共に戻った。一足先に帰っていた父を含め、家族そろって自宅で暮らす。
 「避難先のスポ少で続けてきた野球ができなかったら新潟に残ったかもしれない」。笑顔は野球小僧だ。

<親世代に変化>
 広野町は昨年3月、役場前に商業施設を新設するなど、帰還促進に向けた環境整備を進めてきた。避難先の仮設住宅の提供が今年3月で終了したことも、「8割帰還」につながった。
 それでも、子育て世代の動きはまだまだ鈍い。町によると、高校生以下の帰町割合は66.7%。小中学生は計226人で原発事故前の半分以下に減った。放射線への懸念が根強いほか、避難先からの転校を避ける例などが多いとみられる。
 ただ、親世代に流れる空気は変化している。帰町が進んだことで「子どもを見る目が増えた」「安心感が増した」といった声が上がるようになった。
 広野小PTA会長の木幡昭幸(てるゆき)さん(37)は「子どもはまだまだ少ないが、復興の風は確実に吹き始めている」と話す。

<外出支援3倍>
 一方、高齢者が多い「8割帰還」の現実に、他の原発被災地と同様の課題が浮き彫りになっている。
 「車の運転ができなくなり、通院や買い物に困る世帯が増えた」。見守り活動に当たる町社会福祉協議会の担当者は指摘する。
 社協は町の委託を受け、いわき市の病院などに高齢者を送迎する外出支援サービスを展開する。16年度の利用は356件。原発事故前の3倍に膨らんだ。
 この4月、いわき市の仮設住宅から長女夫婦と帰町した藁谷ミサ子さん(83)は「内科はあるが、眼科や整形外科は広野にはない」と不安を拭えずにいる。
 町は本年度、外出支援の送迎先を富岡、楢葉両町まで拡充。6月から町内の2医療機関の休日診療や急患受け入れに独自助成し、医療環境向上にも取り組む。
 子ども、高齢者も安心して暮らせる町へ。遠藤智町長は「コミュニティーを再生させて心の復興を成し遂げたい」と語る。

<メモ>福島県広野町は東京電力福島第1原発から20〜30キロ圏に位置する。町は2011年3月13日、独自に全町避難を指示。同4月に国の緊急時避難準備区域に指定され、同9月末で解除された。町は12年3月末、避難指示を解除した。17年5月11日時点の住民登録者は4932人。うち町内居住は3900人。原発事故時の住民登録者は5490人だった。

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2017年05月30日火曜日


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