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<CSRの陰>帰宅困難者 二の次に

東京都内であふれかえる帰宅困難者(右)と、JR仙台駅で行われた避難訓練(左上)、仙台市の商店街(左下)のコラージュ

 東日本大震災と原発事故は、復興CSR(企業の社会的責任)の対極にある、企業の利己、欲望、保身といった負の姿をもあぶり出した。大災害で顕在化した共感なき振る舞い。それもまた、被災地の現実だった。(「被災地と企業」取材班)

◎トモノミクス 被災地と企業[44]第9部(5完)とざす/判断

 顧客第一。東日本大震災は、商いの原点をも激しく揺さぶった。公か。私か。極限の状況下、企業が下した判断は時に称賛を浴び、時に批判にさらされた。
 大地震の直後、JR仙台駅や東京都内の主要JR駅は早々にシャッターを下ろした。駅周辺は帰宅困難者であふれた。仙台は雪が舞っていた。休息も暖も取れない利用客は、ただ途方に暮れるしかなかった。
 「被害が深刻で、仙台駅で乗客を受け入れるのは無理だった」。JR東日本仙台支社は今も、立ち入り禁止の判断は「ベストだった」(広報室)と断言する。
 被災状況を知る関係者によると、新幹線ホームは天井板が落下した。2階コンコースは天井の構造物が落ち、スプリンクラーが作動。「余震が続き、安全を確認できなかった」(同)
 首都圏でのJR東日本の対応は、石原慎太郎都知事=当時=の逆鱗(げきりん)に触れた。「帰宅困難者への配慮が足りない」。清野智社長=同=は震災から約3カ月後、都庁を訪れ、「お客さまを閉め出すこととなり、申し訳ない」とわびた。

 教訓を踏まえ、都内の主要駅は被災状況に応じ、客が待機できる仕組みを整えた。JR東は13年、帰宅困難者を受け入れる協定を仙台市と締結。災害時は安全が確認できた仙台駅のコンコースなどを開放し、トイレや食料を提供する。ただし、震災と同程度に被災したら立ち入り禁止にするという。
 あの日、仙台市中心部は異様な姿を呈した。震災直前まで買い物客でにぎわっていた商店街は、大半の店舗が一斉に店を閉めた。
 一部の商店街は宮城県沖地震に備え、買い物客の誘導訓練をしていた。が、その経験は未曽有の災害を前に体を成さなかった。
 ある商店街振興組合の幹部は「自分のことで精いっぱいだった。あの揺れの大きさでは現実的に何もできなかった」と省みる。
 顧客と自らの安全をどう守るか。消費者に物資をどう迅速に提供するか。そして社会的責任の在り方は−。当時の対応の総括は、いまだ行われていない。

 客を避難誘導した店もあった。仙台駅前の仙台朝市。今庄青果専務の庄子泰浩さん(56)は本店の客を隣の駐車場に移動させた。庄子さんは「互いの顔が見える商売を続けてきた。毎日来てくれるお客を、この場所で危険な目に遭わせられない」と振り返る。
 共感なき企業の振る舞いは震災直後の街で散見された。仙台市内では食品やカセットボンベ、トイレットペーパーが通常の数倍の価格で売られた。売り手と買い手の立場は逆転した。
 未曽有の大災害は、CSR(企業の社会的責任)を復興の原動力に深化させた。その一方で、平時と有事に見せる企業の「顔」の落差を際立たせた。被災地と企業。その関係は常に、光と陰を伴っていた。


2017年06月02日金曜日


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