福島のニュース

<あなたに伝えたい>子3人が支え心配しないで

娘が飾ってくれた家族写真に囲まれ、仮設住宅で過ごす治さん

 安藤肇さん=当時(86)=、則子さん=同(58)= 東京電力福島第1原発事故で、福島県富岡町から同県三春町の仮設住宅に家族で避難。2人はストレスなどで体調を崩した。安藤治さん(68)の父の肇さんは2012年3月、妻の則子さんは同年8月、それぞれ亡くなった。2人は震災関連死と認定された。

◎孫の結婚式楽しみだった父、母案じた妻/安藤治さん(福島・富岡町)肇さん、則子さんへ

 治さん おやじは東日本大震災から1年後に、がんで亡くなりました。私の次女の結婚式を楽しみにしていましたが、出席できずにこの世を去りました。原発事故がなければ、もう少し長生きできたかと思うと残念です。
 その5カ月後、妻も他界しました。前日まで元気だったのですが、朝、寝床から起きてきませんでした。脳出血でした。認知症を患う私のおふくろをいつも心配し、日記でも、おふくろの食が細くなったことを案じていました。ストレスが積み重なったのでしょう。
 妻は幸せな人生だったのだろうかと自問します。何から何までやってくれて居心地良かったのですが、夫婦の思い出が少ないのです。何に喜び、何が嫌だったのか。妻の気持ちを分かろうとするべきでした。
 私は町の消防団員を約40年務めました。消防庁長官功労章と褒章を受けましたが、夫婦での伝達式出席はかないませんでした。代わりに娘たちが着物姿で駆け付けてくれました。
 家事が苦手な私を心配して、料理を作りに来てくれる長女の充美(38)。兵庫県に住む次女の友美(35)も家族の写真を飾ってくれたり、洗濯機などの使い方を書いた紙を壁に貼ってくれたりします。仮設住宅を出たら、いわき市で長男哲寛(31)と住みます。
 3人の子どもに支えられながら、何とかやっています。心配しなくても大丈夫です。優しく、思いやりある子に育ててくれたあなたに感謝しています。
(日曜日掲載)


2017年06月04日日曜日


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