福島のニュース

<この人このまち>旬の果物多彩 期待醸す

吉田重男(よしだ・しげお)1947年福島市生まれ。明治大卒。地元の船舶機械メーカーから移った建築会社でビール製造を担当。工場を譲り受け、2003年11月から現職。妻、息子2人と家族で営む。

 東京電力福島第1原発事故の風評払拭(ふっしょく)へ、福島県産品をどうアピールするかが問われている。成功事例の一つが果物を使った地ビールだ。香り立つフルーツビールは連携相手の地元農家の期待も高い。家族経営で醸造を担う福島路ビール(福島市)社長の吉田重男さん(69)に思いを聞いた。(福島総局・高橋一樹)

◎福島路ビール社長 吉田重男さん(69)

 −「桃のラガー」を飲みました。想像以上に果汁たっぷりですね。
 「果汁は約30%。たくさん使わなければ農家の応援になりませんから。主力のモモとリンゴの商品は通年販売。洋ナシやイチゴ、黄金桃なども季節に応じて発泡酒にしました」
 「フルーツビールの発売は2012年冬。現在は売り上げの3割を超えました。販売先の東京都や仙台市のビールバーに『今は何がある?』と尋ねられることが増え、『フルーツビールといえば福島』が定着してきたと感じています。福島産の果物がおいしいからでしょう」

 −建築会社時代に担当したビール製造部門を引き継いで03年に起業しました。
 「当初はドイツ企業の相手先ブランドによる生産(OEM)が8割。OEMがこければ会社はつぶれるという危機感から自社ブランドを伸ばすため、山形大大学院でマーケティングの勉強を始めたのが、原発事故の2年前でした」

 −事故の風評の影響は。
 「使っていたモルトやホップはドイツや英国などの海外産でしたが、『福島で造るビールは売れない』と言われ、OEMは縮小しました。売り上げは一時65%に減りました」

 −フルーツビールを手掛けたきっかけは。
 「原発事故直後、東京であった県産品販売のイベントで福島市の果樹農家と知り合いました。風評による価格下落で苦しんでいて、『一緒に造ろう』と意気投合しました」

 −果物を扱う難しさは。
 「果汁を入れすぎると甘いジュースのようになってしまって好まれない。発泡酒の味わいを残しつつ、果物の風味を出す。試行錯誤の末、果汁を加えた後にもう一回発酵させるという方法に行き着きました」

 −今後の展開を教えてください。
 「今年は福島県石川町の農家とブルーベリーに挑戦します。一年中『旬のビール』を飲めるようにしたい。事故直後は商品名から『福島』を外そうと考えたこともありましたが、『福島産』は今後も貫きたい。おいしければ、分かる人は分かってくれると信じています」


関連ページ: 福島 経済

2017年06月05日月曜日


先頭に戻る