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<内陸地震9年>里の力が山を活性化

週末は耕英に通う鈴木さん。「農業を通じた交流の場にしたい」と語る

 岩手・宮城内陸地震の最大被災地、栗駒山麓中腹の標高600メートル前後に位置する栗原市栗駒耕英地区が活気を失いつつある。内陸地震以降、地区民の暮らしを支えてきた観光業と農業は衰退し、高齢化と人口減が加速。東日本大震災に伴う福島第1原発事故の放射能汚染と風評被害が追い打ちをかけた。内陸地震から9年を迎えた耕英地区の今を取材した。(若柳支局・横山寛)

◎再興の曲がり角 栗原・栗駒耕英(下)息吹

 栗原市の耕英地区では一年を通じて「山」で暮らす人と、降雪期は市内の「里」に下りて建設会社などで働く人に分かれる。山での主な仕事は夏は農業や観光業、冬は県道や市道の除雪だ。雪深い耕英で、人々はそんな生活を続けてきた。

<定年退職で回帰>
 春から秋にかけての週末、会社員鈴木信一さん(62)は耕英の実家に通う。同市志波姫の自宅で同居する90代の父は山に戻ることが少なくなった。全農県本部を定年退職した鈴木さんは昨年、パワーショベルを購入して畑の水はけをよくする工事を施すなど農業基盤の整備を始めた。
 「耕さないと畑はあっという間に荒れてしまう。夏場だけでも農業をやろうと思い立った」。鈴木さんはこう話す。
 高校入学と同時に耕英を離れた。子どもの頃は原木ナメコ栽培の駒打ちやイチゴの摘み取りなど農作業は嫌で仕方なかった。だが振り返ると、山での暮らしが懐かしく思えた。
 「耕英小中学校の同級生は多くが山を下りたが、そろそろ定年を迎え時間に余裕ができたはず。農業関係者に知り合いもいる。声掛けして、耕英を農業を通じた交流の場にしたい」と鈴木さんは語る。

<野菜栽培へ準備>
 仰ぎ見る栗駒山は栗駒地区のシンボルだ。高齢者介護事業を展開するリツワ(本社・栗原市栗駒)社長の佐々木輝さん(42)は「そんな栗駒山に位置する耕英は特別な存在」と言い切る。
 内陸地震直後、耕英から避難した高齢者を自社の介護施設で受け入れた。内陸地震以降、山の衰退は感じていた。活性化を目指して今年、耕英の別荘地区にある土地を1ヘクタール購入。高原ダイコンや花卉(かき)栽培に向けて準備を進めている。
 「高齢化が急速に進む栗原市で、介護事業の充実と発展は地域づくりを担う」と佐々木さんは自負する。体力が衰えた高齢者の世話をすることだけが介護ではない。地域を活性化することで高齢者が生き生きすれば、間接的な介護になると考えている。
 高原ダイコンを収穫できるようになれば、施設での給食に使いたい。花が咲けば観光客の立ち寄りスポットになってほしい。佐々木さんはこう願う。
 里から耕英に通い始めた人がいる。耕英に思いを寄せる人がいる。
 内陸地震のときボランティアのため栗駒に通い、今も耕英の人たちと親交がある、せんだい・みやぎNPOセンター(仙台市)事務局長の青木ユカリさん(50)は「耕英では人と人とのつながりが強いし、観光資源はたくさんある。外の力をうまく活用すれば、復興に結びつくのではないか」と期待を寄せる。

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2017年06月16日金曜日


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