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<楽天>中盤暗転 KING則本

WBC日本代表の練習を見守る権藤氏=3月17日、米グレンデール

 最速157キロの直球を最大の武器に、三振の山を築く則本。8試合で止まりこそしたものの、2桁奪三振の連続試合記録を達成した陰には、背中を押してくれた言葉があった。
 「則本、お前の高めへの154、5キロは日本では絶対に打たれない」
 3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表チームの選手と投手コーチとして一緒に戦って以来、師弟のような間柄にある権藤博氏(78)に告げられた。
 則本は日本代表で救援の切り札として期待された。2次リーグの大一番オランダ戦、1点リードの九回に抑え役で登板。2死から外角高めへの渾身(こんしん)の速球を中前へ痛烈に打ち返され、同点を許した。
 チームは延長十一回まで粘って勝ちを拾った。だが、則本はその後、出番がなく、準決勝敗退を見守るしかなかった。「準決勝で名前を呼ばれなかったのが一番悔しい」。挫折したまま帰国しようとした則本に、権藤氏が語り掛けた。
 「何も気にすることはない。今のままのお前でいいんだ」
 則本は吹っ切れた。「WBCだけで投手人生が終わるわけじゃない」
 開幕後、則本は権藤氏から電話で度々激励を受けた。そして1日の巨人戦(コボパ宮城)で7戦連続2桁奪三振の日本記録を達成。翌日、遠征地のナゴヤドームに駆け付けた権藤氏と30分近く話し込んだ。
 「年の差を感じさせない先輩」と則本は言う。チームのために労を惜しまない姿は2人に通じる。権藤氏は中日の新人投手だった1961年、ダブルヘッダーの第1試合で先発完投し、第2試合に救援して1日で2勝するなど、69試合に登板し35勝を挙げた。連投をいとわぬ鉄腕ぶりは「権藤、権藤、雨、権藤」の流行語も生んだ。
 WBCで世界レベルを知らされた則本。権藤氏は将来をこう考える。「大リーグに行こうとするなら、米国仕様の速球を投げないと通用しない」。大リーグの主流は打者の手元で微妙に左右へ変化する速球。対して則本の速球は打者の手元で伸びる。だが、本人は「今のところ動く速球を覚えるつもりはさらさらない」。東北楽天で絶対的なエースになることに集中している。(金野正之)


2017年06月16日金曜日


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