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<復興CSR>前向けば世界広がる

 復興の進路を照らすCSR(企業の社会的責任)。企業や社員は私益を超え、東北の被災地で貢献の在り方を模索する。人材、投資と消費、教育。展開の場は多岐にわたる。被災地の自治体は企業の力をどう引き込むか対応力が問われる。(「被災地と企業」取材班)

◎トモノミクス 被災地と企業[49]第10部 展開(5完)よびこむ/行政の感度

 東日本大震災後、東北の被災自治体は支援の手を差し伸べる世界の企業とつながった。その回路をどう生かすか。復興CSR(企業の社会的責任)と向き合う行政の対応力が問われた。
 釜石市の「にこにこバス」。予約状況に応じ経路を決めるオンデマンドバスだ。トヨタ自動車が2012年、システムを提供した。
 コンサルタント会社ドリームインキュベータ(東京)の小川貴史さん(30)はトヨタの依頼を受け、11年秋から支援先の自治体を探して歩いた。
 震災直後の混迷期。「それどころじゃないと次々と提案を断られた。最も好感触を得たのが釜石だった」
 市内は仮設住宅団地が点在し、移動手段の確保が課題だった。「公共交通のモデルになる」。市総合政策課長の佐々木勝さん(56)らは事業を受け入れた。

 かつての製鉄のまちは外部に開かれた気風がある。1970年代に新日鉄(当時)の合理化が始まると、いち早く企業誘致を推し進めた。
 震災後は「よそ者と手を組むことに抵抗感が少ない土地柄」(佐々木さん)が奏功し、大手人材派遣会社や国際金融グループの支援が続々と決まった。
 企業連携の要となる市オープンシティ推進室長の石井重成(かずのり)さん(31)はコンサルタント会社出身。任期付きで転身し、100社以上の支援に応対した。
 石井さんは「復興後を見据えた取り組みが必要。外部とのつながりが釜石の力になる」と力を込める。
 同市と並び企業の支援が集中したのが、宮城県女川町だ。
 「あたらしいスタートが世界一生まれる町」を掲げる。JR女川駅前の商店街「シーパルピア女川」には手作りせっけん工房など個性豊かな店がそろう。
 復興の起点は、被災直後にできた町復興連絡協議会が担った。会長の高橋正典さん(66)が呼び掛けた。
 「若い人が自由にやってくれ。還暦(60歳)以上は口を出すな」

 地元の大手水産加工会社社長の鶴の一声に、若手経営者は主体となって再生へ走りだす。商店街の店舗はテナント制を採り入れた。新規出店が容易になり、震災後に起業したり誘致したりした店が半数を埋めた。
 気仙大工の技術を取り入れたギターを販売するセッショナブル(仙台市)もその一つ。梶屋陽介社長(33)は「女川には新しいことに果敢に挑戦し楽しもうという空気がある。良い製品が作れるという直感があった」と出店理由を語る。
 「被災事業者が再建するだけなく、社会の変化に対応できる商店街にしたかった」。復幸まちづくり女川合同会社の阿部喜英代表社員(49)はかみしめる。
 「開かれたまち」の風土は企業と自治体というセクターの壁を超え、復興CSRを引き寄せた。地域の感度、そして展開力が持続可能なまちをかたちづくる。


2017年06月21日水曜日


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