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<311次世代塾>「捜索と救命」テーマに講座

石巻赤十字病院には救急患者が続々運び込まれ、ロビーに並んだ簡易ベッドで懸命の治療が続いた=2011年3月16日、石巻市

◎第3回詳報

 東日本大震災の伝承と防災啓発の担い手育成を目的に河北新報社などが企画した「311『伝える/備える』次世代塾」の第3回講座が17日、「捜索と救命」をテーマに仙台市宮城野区の東北福祉大仙台駅東口キャンパスであった。大学生や社会人らの受講生が、震災直後の現場で活動した市若林消防団六郷分団の柴崎智和さん(41)と石巻赤十字病院看護師長の渋谷多佳子さん(51)の証言と訴えに耳を傾けた。

◎過信禁物 すぐ避難を/仙台市若林消防団六郷分団 柴崎智和さん(41)

 震災の翌朝、がれきで覆われたふるさとの姿に言葉を失った。以後連日、地元で行方不明者の捜索に当たった。生存者を発見できたのは初日の3月12日のみ。活動した2週間で5遺体を収容した。私自身、父と若林区種次の自宅を失った。
 捜索は無我夢中だった。遺体を見ても怖いとも気持ち悪いとも思わなかった。手を合わせ、袋に入れる。異常な時間だった。
 津波が来る前、消防団などが避難を呼び掛けても「大丈夫」と言って聞かない人がいた。それで住民にも消防団にも多くの犠牲が出た。過信は禁物。皆さんには素直に応じてほしいし、訓練にも参加してほしい。消防団は各地でなり手不足。その役割や意義も理解してもらいたい。
 震災から6年3カ月。悲惨な記憶だけでなく災害への危機感まで薄れていないかと危惧する。次世代塾で聞いた話でもいい。誰かと震災を話題にして、防災意識を日々高めてもらいたい。

◎混乱 まるで野戦病院/石巻赤十字病院看護師長 渋谷多佳子さん(51)

 震災当日は自力で歩ける軽傷の人が多かった。低体温症などの患者が殺到したのは翌日以降。救急車やヘリコプターで次々搬送され、3日目の救急患者はいつもの20倍の約1250人に上った。待合室やロビーがベッドで埋まり、避難住民も多数身を寄せ、野戦病院のような状況だった。
 医療が間に合わず、待機中に亡くなる人も。物資不足で患者のおむつ交換も十分にできない。「いつもならケアできるのに」。無念の思いに駆られ、ストレスを感じた。被災しながら救護に当たる職員も多かった。
 病院では、宮城県沖地震に備えて傷病者の受け入れ訓練を重ね、非常用電源を確保し水、食料、燃料も備蓄していた。一方で医療従事者の被災は想定外で、食料調達などに苦労した。
 他人の命を守るにはまず自分の命を守ることが大事。震災経験者の話を聞いたり各地で起きる災害に関心を寄せたりして、想像力を持って災害に備えてほしい。

◎受講生の声

<想定外減らそう>
 災害に備えて日頃から家族と話し合い、避難場所などを決めておくことが大切だと認識しました。想定外の出来事をゼロにはできなくても、備えることでゼロに近づけることは可能。学んだことを実践していきます。(仙台市太白区・東北工大2年・萩野暁さん・19歳)

<更新の発想大切>
 備蓄品を定期的に交換したり防災の最新の知見を学んだりと、備えを「更新」するという講師の発想が新鮮でした。勤務先は防災用品も扱います。塾の学びを仕事に生かし、社会の減災に貢献したいです。(仙台市太白区・アイリスプラザ営業部・矢崎亜実さん・24歳)

<災害忘れず生活>
 大震災の揺れは郷里のボウリング場で経験しました。天井が崩れ、命の危険を感じました。災害に遭うのは自宅にいる時とは限りません。不測の事態に対応できるよう、常に災害を頭の片隅に置いて生活します。(福島市・東北福祉大3年・原田尚也さん・20歳)

<メモ>311「伝える/備える」次世代塾は大学生らを対象とした年15回の無料講座。次回は7月15日、「避難の明暗」をテーマに開く。連絡先は河北新報社防災・教育室=メールjisedai@po.kahoku.co.jp
 運営する311次世代塾推進協議会の構成団体は次の通り。河北新報社、東北福祉大、仙台市、東北大、宮城教育大、東北学院大、東北工業大、宮城学院女子大、尚絅学院大、学都仙台コンソーシアム、日本損害保険協会、みちのく創生支援機構


2017年06月23日金曜日


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