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<東北新幹線35年>首都圏との交流加速

開業日の東北新幹線一番列車「あおば」が仙台駅を出発、広瀬川にかかる橋を通過した=1982年6月23日

 東北新幹線は23日、開業35周年の節目を迎えた。
 1982年6月23日、東海道新幹線より20年近く遅れて大宮−盛岡間が部分開業した。長年の悲願がかない、岩手、宮城、福島3県の沿線は異様なほどの熱気に包まれ、歓喜に沸いた。
 遠かった首都圏、東京との時間的距離がぐっと縮まった。平日には日帰り出張のビジネスマン、土日は1泊2日の東京、東北旅行を楽しむ家族連れらで車内は満員に。人やモノ、情報が東北と首都圏を盛んに行き来した。80年代の東北の経済、観光、文化は新幹線によって大きく変化した。
 91年6月に東京駅に乗り入れ、東海道新幹線との乗り換えも容易になった。東北と三大都市圏がつながり、工場立地や大手企業の支店開設がさらに進んだ。94年7月にはオール2階建ての「Max」が登場し、輸送能力が高まった。
 90年代、東北のハブである仙台市は人口、経済規模ともに拡大を続けた。自動車関連産業が集積した北上市は東北屈指の工業都市に成長するなど、沿線の都市は飛躍的に変貌した。
 一方、青森までの全線開業は難航した。大宮−盛岡間が部分開業した82年の9月には、政府が整備新幹線計画を当面見合わせる閣議決定をした。青森県などが陳情を続けたが、財政難の壁が大きく立ちはだかった。
 91年8月、盛岡−青森間の着工がようやく認可されたが、ミニ新幹線案がたびたび示され、フル規格での全線整備はなかなか確定しなかった。紆余(うよ)曲折を経て新青森まで開通したのは2010年12月。部分開業から28年が過ぎていた。
 東北の縦軸となった新幹線に、秋田、山形両県に向けた横軸が加わった。
 92年7月、全国初の新幹線・在来線直通運転となる山形新幹線「つばさ」(東京−山形間)がデビューし、99年12月には新庄まで延長された。同様の運転方式の秋田新幹線「こまち」(東京−秋田間)は97年3月に開業。高速鉄道網が縦横に整備されたのは国内で東北だけだった。6県の都市間の往来も活発化した。
 車両の機能や走行技術も飛躍的に進歩した。開業当初に時速210キロだった最高速度は現在320キロ。JR発足時の最速到達時間が2時間17分だった東京−仙台間は1時間31分、東京−盛岡間は3時間9分から2時間11分になった。
 1日当たりの運行本数もJR発足時の94本が2016年には177本、合計座席数も8万1000席が16万3000席になった。
 11年3月11日の東日本大震災では施設が被災し、開業以来最大の危機となったが、同年4月29日に全線復旧した。16年3月26日には北海道新幹線新青森−新函館北斗間が開業。津軽海峡を越え、東北と北の大地をつなげた。
 現在、次世代型の車両は営業運転として世界最速の時速360キロ走行を目指している。30年度末には北海道新幹線が札幌まで開業予定。東北を貫く大動脈は、さらに発展を続ける。


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2017年06月23日金曜日


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