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<東北新幹線35年>復興支援の原動力に

震災から50日目に全線復旧した東北新幹線。運転再開した「はやぶさ」がJR仙台駅のホームに入った=2011年4月29日
JR仙台駅の新幹線ホームは東日本大震災の揺れで天井の板がはがれ、ホームに落下。壁も崩落した=2011年3月14日

 2011年3月11日の東日本大震災発生時、東北新幹線は運転中の上下19本が全て緊急停止し、乗客にけがはなかった。新幹線の安全性が改めて証明された形だが、施設には多大な被害が出た。4月7日の余震被害を含め、電化柱の倒壊や架線の断線など被害は約1750カ所に上った。
 東北と首都圏、日本各地を結ぶ大動脈の断絶が長期にわたって続けば被災地に人とモノが届かず、復旧と東北の経済に計り知れない打撃を与える。JR東日本は、東北新幹線の復旧を最優先に取り組んだ。
 連日3000人が復旧工事に投入された。JR東日本のグループ各社、協力会社だけではなく、JR東海や西日本、私鉄からも作業員が集まった。日本の鉄道各社が総力を挙げて復旧を急いだ。
 大動脈は北からつながり始めた。3月22日には盛岡−新青森間で運転が再開され、4月7日には一関まで再開区間が広がったが、同日深夜の最大余震で再び運休となった。
 繰り返される被災にめげず作業員は工事を続け、ピッチも上げた。
 震災から50日がたった4月29日、最後まで不通だった仙台−一関間が再開し、東北新幹線は全線復旧した。仙台駅には早朝から多くの人が集まった。東京発の下り一番列車がホームに入ると、カメラのフラッシュが一斉にたかれ、歓声が上がった。
 「復旧作業に当たった人に感謝する。東北、日本を元気にしたい」。当時のJR東日本社長清野智氏が仙台駅で感慨深く語った。
 この日から、降り立った乗客の多くが被災地に向かった。大動脈が機能し始めると同時に、ボランティアや企業などの民間の復興支援が本格化した。東北新幹線は震災復興も担った。


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2017年06月23日金曜日


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