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<あなたに伝えたい>「地域大切に」言葉胸に刻む

完成したコミュニティーセンターの前に立つ昭治さん

◎施設の農園を管理していた寡黙な父/粟野昭治さん(岩沼市)盛一さんへ

 粟野盛一さん=当時(85)= 岩沼市早股の自宅で、長男昭治さん(65)らと6人暮らしだった。昭治さんが理事長を務める障害者施設の農園をボランティアで管理していた。東日本大震災の大きな揺れの後、農園の様子を見に行って津波に巻き込まれたとみられる。3日後に遺体で発見された。

 昭治さん 「仕事は最後まで丁寧にやりきれ」「地域から認められない人生を送るな」。寡黙な父でしたが、自分を育ててくれた地域を大切にするよう教えられてきました。
 震災の日は地震の後、私が社長を務める建設会社の全社員を帰宅させ、海に近い自宅に戻りました。父と話したのは2、3分。「あなたは大切な仕事をしている。あなたがしっかりしないと大変なことになるから、早く戻りなさい」と諭されました。
 近くの障害者施設へ安否確認に向かうと、津波が迫ってくるのが見えました。いったん避難した職員や利用者が戻ってきたので、すぐ再避難させました。一人の犠牲者も出さずに済んだのは父のおかげですし、父の最後の言葉を胸に必ず地域を復興させようと奮い立ちました。
 その年は8月まで一日も休まず、業界一丸となって岩沼の復旧事業に従事しました。玉浦西地区の集団移転や津波防御ラインとなる道路整備も手掛け、岩沼は「復興のトップランナー」と言われるまでになりました。
 「父のこと、地域のことを思うと…」。昨年7月、防災機能を併せ持つコミュニティーセンターの安全祈願祭で施工企業としてあいさつしたのですが、さまざまなことが思い出され、感極まってしまいました。
 思い入れあるセンターも5月に開所しました。「よく頑張った」と言ってくれるでしょうか。地域をさらに発展させます。家族と会社を見守ってください。


2017年06月25日日曜日


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