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<復興CSR>課題こそが商いの種

仮設商店で店員と話し合う和田さん(中央)。生活再建の基盤をこしらえ、人々の暮らしを呼び戻そうと奮闘する=南相馬市小高区

◎トモノミクス 被災地と企業[51]第11部 明日(2)さきんじる/社会起業

 次々と繰り出す事業が、失われた日常を少しずつ形にしていく。合言葉は「100の課題から100のビジネスを生み出す」。
 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が昨年7月、一部を除き解除された南相馬市小高区。和田智行さん(40)は、JR小高駅前で事業者らがオフィスを共有するコワーキングスペース「小高ワーカーズベース」を運営する。
 同名の会社をつくり、従業員は8人。経営方針は小さな事業の同時展開と、収入源の多様化だ。仕掛ける領域は広い。
 同区の居住者は1914人(5月末現在)で原発事故前の14%。和田さんは市の業務委託を受け、2015年9月から小高駅前で日用品や食料品を扱う仮設商店を営む。開店当時はスーパーやコンビニが再開するめどが立っていなかった。
 若者の帰還には働く場が必要だ。耐熱ガラスメーカー、ハリオグループ(東京)の協力を取り付け、工房を開設した。20〜50代の女性7人がガラス細工のアクセサリーを作り、店頭やインターネットで販売する。

 和田さんは地元出身。東京の大学を卒業後、ベンチャー企業勤務を経てIT会社の創業に関わった。「小高で若くして起業経験があるのは自分だけだろう」。原発事故に接し、使命感に突き動かされた。
 避難区域だった小高に14年5月、拠点を構えた。何が必要か、何がビジネスになるかが見えてきた。
 周辺には除染や工事の関係者が数千人いた。飲食店や商店がなく、昼食の確保が課題だった。
 「飲食店はうまくいくはず」。同年12月、空き店舗に小高で原発事故後初となる食堂を開いた。復興事業関係者に加え、避難した住民が来店し、繁盛した。
 小高で飲食店を営めることを証明し、食堂は1年3カ月で閉店した。和田さんの取り組みは、帰還に二の足を踏んでいた別の飲食業者の呼び水になった。
 食堂に使った空き店舗には、市内の仮設商店街に移っていた老舗ラーメン店が戻ってきた。すし店や居酒屋も次々と復活した。

 「地域で課題が解決できずに原発を誘致した。頼り切った結果、地域は死に体になり、多くの住民が避難を余儀なくされた」
 和田さんは原発事故で古里を失いかけた現実を胸に、力を込める。「これからの小高は起業が当たり前のまちにしたい。ゼロからまちづくりができる。そんなチャンスがあるのは世界中でここだけだ」
 一度は住民が消えたまちに商いの灯をともす。ソーシャルベンチャーが地域のニーズを見いだし、地域との共栄を願いながら経済の歯車を回していく。原発事故が住民を払いのけた小高の大地に、復興への希望が芽吹きつつある。

 企業が本業の成長を見据え、地域に深く関わり、人々の幸福度を上げる。資本主義の明日を開く鍵がそこにある。友として、共に、利益を伴いながら。東北の被災地からトモノミクスを発信しよう。
(「被災地と企業」取材班)


2017年06月25日日曜日


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