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遭難の悲劇越え 気仙沼の民宿「つなかん」再開

営業を再開し、受け入れの準備を整える一代さん

 宮城県気仙沼市唐桑町沖で3月に起きた小型漁船転覆事故で、夫、長女、義理の息子を失った菅野一代(いちよ)さん(53)が26日、東日本大震災で被災した自宅を改修し、家族で営んでいた民宿「唐桑御殿つなかん」を再開させた。心の傷は癒えないが、「地元を盛り上げようと頑張った3人の生き方を引き継ぐ」と前を向く。
 初日は客室清掃や布団の整理に追われた一代さん。3月のままだったカレンダーもめくり、準備を整えた。7月1日に再開後初となる客13人を受け入れる。
 津波で3階建ての最上階まで浸水した自宅を再建し、ボランティアに開放したのがきっかけで2012年10月、民宿を始めた。
 夫の和享(やすたか)さん=当時(59)=が営む養殖業「盛屋水産」のカキを使った料理や一代さんの気さくな人柄が評判を呼び、多くの観光客が集まった。
 事故は3月23日に起きた。ワカメ漁に出た和享さん、長女早央里(さおり)さん=当時(30)=、三女の夫大宮拓人さん=当時(24)=が乗った船が転覆。早央里さんが死亡し、和享さん、大宮さんが行方不明となった。
 一代さんは事故のショックでしばらく寝込み、外部と連絡を絶った。「死者の魂はどこにいくのか」。布団に潜って3人とつながる方法をスマートフォンで探し続けたことも。不安でいつも指先は震えていた。
 「みんなが付いているよ」。立ち直るきっかけは、会員制交流サイト(SNS)を通じて宿泊客やボランティアから続々と届く励ましのメッセージだった。
 「私も一緒に仕事をするよ」と、看護師を辞めて家業を手伝っていた次女真里さん(27)の言葉も背中を押した。
 「私は独りじゃない。3人もどこかで見守ってくれているはずだ」。事故から2カ月ほどたった頃、ようやく再開への気持ちが芽生えた。
 今も3人の写真や遺品を見ることはできない。民宿の窓から海を見るたびに事故を思い出す。
 「正直、気持ちの整理はつかない。心の中の7割は悲しみが占めている。でも、ここで私たちが確かに生きたという物語をつないでいかなければならないと思う」と力を込める。
 連絡先は0226(32)2264。


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2017年06月27日火曜日


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