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<トモノミクス>社会と共進 未来を拓く

震災後の復興CSRを通じ、被災地と企業社会の将来を考えた公開フォーラム=2017年6月20日、仙台市青葉区の河北新報社本館ホール

 河北新報社は20日、本紙朝刊の連載「トモノミクス 被災地と企業」に関連し、東日本大震災の復興CSR(企業の社会的責任)を考える公開フォーラムを仙台市青葉区の本社本館ホールで開いた。テーマは「トモノミクスが拓(ひら)くあした 被災地と歩む企業」。震災発生から7年目に入り、被災地は人口流出の加速、産業の低迷が顕在化し、前途は依然厳しい。課題解決に向け、長期的な復興支援に力を注ぐ企業がある。フォーラムでは被災地におけるCSR活動を軸に、本業と社会貢献を融合させる企業社会の未来像を探った。

【出席者】
・内閣官房参与(前復興庁事務次官) 岡本全勝氏(基調講演者・コメンテーター)
・キリンCSV戦略部絆づくり推進室地域創生担当専任部長 野田哲也氏
・合同会社MYラボ(石巻市)代表社員 阿部紀代子氏
・一般社団法人新興事業創出機構(JEBDA、仙台市)理事長 鷹野秀征氏
(コーディネーター・河北新報社編集局長・今野俊宏)

◎震災後の取り組み/1次産業支援で恩返し

 −復興CSRの取り組みや震災直後の状況を振り返ってほしい。
 野田 キリンの復興支援はキリンビール仙台工場(仙台市宮城野区)が被災したのがきっかけだった。ビールは農作物だ。食に携わる企業として被災地の1次産業に恩返ししたかった。「絆プロジェクト」と名付け、3年間で60億円を拠出した。現在も地域食材のブランド化、販路拡大、人材育成の3本柱に取り組んでいる。

 阿部 石巻市で鰻割烹(うなぎかっぽう)を営んでいる。創業98年目に被災し、店は全壊。再開するかどうか悩んだが、幸い、うなぎのたれが残っていた。長年生かされてきたこの地域で商売を続け、まちの再生に貢献したいと思った。被災者だけで立ち上がるのは難しかった。100年かけて集めた器をそろえるのに苦労したが、全国の仲間が支えてくれた。
 鷹野 人と人をつなぐことが大好きで、宮城県女川町や釜石市、いわき市など東北の被災3県で企業と被災地をつなぎ、新しい産業づくりに注力してきた。震災前、CSRは法令順守といった義務的なものだった。震災後、「社員が自発的に動いた」「本業の意義を実感した」「社長自ら動き、関与した」という点で大きく変化した。

◎社会課題への挑戦/若者活躍の拠点設けた

 −被災地は人口減少、高齢化、中心市街地の空洞化などが深刻で、課題先進地と言われている。

 阿部 複合ビルCOMICHI(コミチ)石巻は1階にテナント、2、3階に若者向けシェアハウスと住居がある。ボランティアや石巻に残ってくれた人の受け皿になりたい。世代を超えて暮らし、若者の活躍の場をつくれるかという取り組みだ。人が集まる場として発信したい。
 野田 キリンはCSV(共通価値の創造)を導入した。事業活動で社会課題解決への貢献、成長を同時に実現する考え方だ。企業には多くのステークホルダー(利害関係者)がいる。長期的な復興支援より、短期的に利益を出すべきだという人はいる。社内外に理解してもらう活動が大事。
 鷹野 日立製作所は釜石市で支援を継続している。そのまま地域活性化につなげようと、日立と市、JEBDAは協定を結んだ。継続のポイントは本業とのつながり、活動を続ける説得力、人材育成とモチベーション、受け入れ側の「受援(じゅえん)力」だ。オープンな街は企業が寄ってくる。
 岡本 どうしたら被災地ににぎわいが戻るか格闘してきた。インフラ整備、補助金が柱だった過去の地域振興策に成功事例は少ない。主役は企業、自営業。人の問題に帰着する。

◎意識と連携/人つなぐ場づくり大事

 −震災を機に、人々の意識は変化したか。復興には企業と行政、NPOとの連携が重要になっている。

 岡本 震災を通じ、企業は自分たちの役割を知り、CSRの意識を変えつつあるが、まだ発展途上だろう。役所も自分たちだけでは解決できないことが分かった。学校教育の場でCSRを教えるようになれば、やがて常識になる。
 野田 消費者の意識、商品の選び方は変わってきている。安全、安心、おいしいは当然。その上で商品を買うとき、企業の地域・社会への取り組みなどを判断基準とする傾向が強くなっている。地域に役立ち、必要とされていることが従業員のモチベーション(意欲)につながる。
 阿部 われわれは企業と呼ばれるにはあまりにも小さい個人商店の集まり。街に生かされているからこそ、地域で頑張っていける。しかし、子どもに「事業を継げ」と言えない厳しい経営環境がある。商業にこそ、後継者を見いだすためのマッチングが必要なのではないか。
 鷹野 企業、行政、NPO、住民は考え方、時間軸が違う。連携するには互いを結ぶ「通訳」が必要で、人をつなぐ「場づくり」が大事。共創のポイントは明確なビジョン、諦めないリーダー、多様なプレーヤー。これらを理解し、動かすのが、コーディネーターの重要な役割だ。

◎マネー主義の向こう/平時での貢献問われる

 −連載は復興とCSRをテーマに展開してきた。この先のCSRの姿を考えてみたい。

 野田 企業は地域がなくれば身もふたもない。企業への信頼、共感が芽生え、消費者や地域との絆が醸成される。東北での復興支援の経験を生かし、被災地以外で地域創生への取り組みをしている。食を通じて全国の地域を元気にしようと人材育成プロジェクトを行っている。長い目で見て、地域で必要とされることが大切だ。
 阿部 小さい企業が元気でないと地方都市は駄目になる。自分たちに課せられた役割がある。小さくとも経済を回したい。ブック型のレトルトカレーを開発した。製造する水産加工会社、パッケージを作った石ノ森萬画館の運営会社、監修する店、それぞれにお金が落ちる。小さい力だが、生き続ける工夫をコミチ石巻から発信したい。
 鷹野 日々の暮らしからどんどん遠くなる「経済」と顔の見える関係が必要だ。宮城県山元町で住民、事業者、行政と街づくりをしている。商売の原点を忘れずに地域社会と共に経済をつくる。産業とコミュニティーが一体になっていく。こうした社会づくりは地方こそやりやすい。大企業にも経験させたい取り組みだ。
 岡本 CSRが認識されたのは震災があったから。企業の存在感、社会貢献活動がクローズアップされた。平時の中で企業がどう貢献していくかが問われる。将来、若者が活動の担い手になってくると、東北発の新しい日本、災後の日本ができると思う。

◎基調講演/東日本大震災「CSRが日本を変える」前復興事務次官 岡本全勝氏/公を支える民間拡大 「つなげる機能」重要

 東日本大震災でCSRが強く認識された。NPOと並び企業が果たした役割は大きい。行政だけではここまで復興できなかっただろう。
 大企業のホームページ(HP)にはCSRの文字が躍る。取り組まないと、社会で一人前と見なされない時代に来ている。
 ヤマト運輸はがれきだらけの被災地にトラックを走らせ、救援物資を避難所に配った。携帯電話会社は迅速に通信を復旧させた。商社などは倉庫の壊れた港に冷凍コンテナを持ち込み、漁業の再開に尽力した。
 トヨタ自動車のノウハウを導入した陸前高田市の酒造会社は、生産効率が2割上がった。味の素は仮設住宅で引きこもりがちな男性を対象に料理教室を開いた。積水ハウスは新入社員研修を石巻市で行っている。
 震災後の1カ月半、国は民間からさまざまな日用品を受け取り、被災地に届けた。後日、費用を支払おうとすると、8、9割の企業が「国難のときに、お金をもらうわけにはいかない」と断った。協力企業のリストは内閣府のHPに掲載している。
 震災発生直後、復興の事務方の責任者に任命された。当初はインフラが復旧すれば十分と思っていた。だが、産業とコミュニティーが再生しなければ、東北の沿岸部が復興したことにはならないと分かった。
 グループ化補助金を導入し、民間の被災事業者に国費を初めて投入するなど、災害復興の哲学を変えた。ただ、国はお金を出すのは得意だが人材やノウハウがない。課題解決には民間の力が必要だった。
 大手企業と被災事業者をマッチングする復興庁の事業「結(ゆい)の場」を発案したのは企業からの出向職員だった。役人だったら商品を売るために補助金を出そうという発想になってしまう。
 被災地にとっては、商店や工場が本業を再開することが最も必要だった。地場の産業がなければ地域は復興しない。事業主が店をたためば、多くの従業員が失業していただろう。
 震災前、公益は行政が担うものとして、公私を二分する考え方が主流だった。復旧復興は行政だけでは限界がある。震災後の6年で、企業やNPOなど公を支える主体が広がった。
 こうした取り組みを社会全体に広げることが次の課題だ。非正規雇用、子どもの貧困など解決しなければならない問題は多い。
 「つなげる機能」が重要になってくる。支援をしたい企業はたくさんある。どこで誰が支援を待っているか。お見合いや電話交換手のような役割だ。現在、つなぎ役はNPOが担っている。市町村や県は案外、地元の企業を知らない。ふだんからもっと接点を持つことが大事だ。

【出席者略歴】
<おかもと・まさかつ>自治省入省。麻生太郎首相秘書官。震災直後から被災者支援、復興を担当。15年3月、復興庁事務次官。16年6月から復興担当内閣官房参与、福島復興再生総局事務局長。慶大法学部講師。62歳。奈良県出身。

<のだ・てつや>82年キリンビール入社。キリンCSV推進部絆プロジェクトリーダーなどを経て、17年4月からCSV戦略部絆づくり推進室地域創生担当専任部長。被災地の1次産業を支援、総合飲料事業との連携を推進。57歳。名古屋市出身。

<あべ・きよこ>93年から家業の鰻割烹(うなぎかっぽう)「八幡家(やはたや)」(石巻市)4代目社長。14年7月、複合ビル「COMICHI(コミチ)石巻」を運営する合同会社MY(エムワイ)ラボ代表社員。第三セクター街づくりまんぼう取締役。55歳。石巻市出身。

<たかの・ひでゆき>外資系コンサルタント会社社員、ベンチャー企業役員などを経て、10年コンサル会社ソーシャルウィンドウ(東京)社長に就任。12年5月、仙台市に新興事業創出機構(JEBDA)を設立し理事長。51歳。甲府市出身。


2017年06月27日火曜日


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