岩手のニュース

<あなたに伝えたい>桜と松の盆栽思い出支えに

夫婦で手を掛けた盆栽の写真を見詰める節子さん

◎水彩画や自然石収集など多趣味だった夫/花輪節子さん(宮古市)征夫さんへ

 花輪征夫(ゆきお)さん=当時(70)= 宮古市田老地区の自宅で妻節子さん(75)と2人暮らしだった。自宅にいて東日本大震災の津波に巻き込まれた。節子さんは九死に一生を得たが、征夫さんは帰らぬ人となった。震災から9日後、遺体は自宅近くで見つかった。

 節子さん 震災が起きた日は、最初の情報で津波の高さがそれほどでもなかったこともあり、地震の後も家にとどまってしまいました。避難場所の高台まで100メートルもなかったのに。防潮堤への過信があったと思います。
 お父さんは盆栽や水彩画に書道、自然石や日本刀の収集と本当に多趣味な人でした。盆栽は100鉢以上あり、私も手入れや植え替えを手伝いました。
 その盆栽が震災後、私の心の支えになってくれたのです。津波被害を免れた中から選んだ桜と松の2鉢が、仮設住宅の暮らしで目を楽しませ、心を癒やしてくれました。
 災害公営住宅に引っ越した際、置く場所がなくてやむを得ず手放してしまったのですが、写真を廊下に飾り、お父さんと一緒に世話をしていた頃を思い出しています。
 私たちは見合い結婚でしたが、お互いに一目ぼれ。いわば「見合い恋愛」でした。結婚前のデートは数えるほどでしたが、結婚後は休みのたびに2人で出掛けました。
 あの頃と違って、今は仏壇に「お留守番しててね。私を守ってね」と声を掛けて出掛けます。いつも一緒だったお父さんが隣にいないのはやっぱり寂しいですね。
 お父さんはいつも「おまえは長生きすんだべ」と言っていました。だから私はしっかり長生きし、楽しいお土産話をいっぱいつくってお父さんの所に行くからね。


2017年07月02日日曜日


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