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<杜の都のチャレン人>誰もが楽しめる場を

プレーヤーに寄り添い、的確に助言する横田さん(左)=仙台市若林区

◎ボッチャの普及に力を注ぐ 横田昌宏さん(56)

 「はいっ、今度は赤の番」。張りのある声が体育館に響く。仙台市若林区中央市民センターで毎月第3土曜日、障害のあるなしや年齢を問わずに楽しめる欧州発祥の球技「ボッチャ」を教えている。
 6月のこの日も、愛好会「若林ボッチャクラブ」に参加した十数人を前に進行役をきびきびとこなす。不安げなプレーヤーがいればさりげなく支え、好プレーには真っ先に拍手する。
 パラリンピックの正式種目でもあるボッチャは、チーム戦では3人ずつ赤組と青組に分かれ、各組がカラーボールを計6回投げ、白い目標球「ジャックボール」のより近くに止めた組が勝ちとなる。
 ボッチャとの出合いは2001年。宮城県であった「全国障害者スポーツ大会」の運営スタッフチーフを務め、公開競技に関わったのがきっかけだった。
 「誰もができる範囲で一緒に体を動かし、達成感を分かち合えます。間口が広く奥が深いところに引かれました」。02年に区中央市民センターの職員と共にボッチャクラブを旗揚げ。会社勤めの傍ら、裾野拡大に尽力してきた。
 知る人ぞ知るボッチャが一躍注目されたのは、昨年のリオデジャネイロ・パラリンピック。日本代表チーム(脳性まひ)が同競技で日本初のメダルとなる銀を獲得した。関心が高まるにつれ、自身のようなサポート役を増やすことも必要になってきた。
 同センターなどが今秋、初開催するスタッフ養成講座では講師を務める。20年の東京パラリンピックを見据え、企業などで働く障害者がボッチャに接する機会もつくる考えだ。「企業にはスポンサーをお願いしたいのです」
 クラブの会場は10月から、現在地隣に建て替えられる新しい体育館に移る。暖房が備わり、冬場でも存分に打ち込めるようになる。
 「物心両面で環境が整いつつある今はボッチャを広めるチャンス」。穏やかな表情に使命感をのぞかせた。(志)

<よこた・まさひろ>60年仙台市生まれ。東京電機大電機学校卒。電気工事会社勤務の傍ら、84年ごろから障害者支援のボランティア活動に関わる。98年「障がい者スポーツ指導員」資格取得。市障害者スポーツ協会理事。宮城野区在住。


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2017年07月08日土曜日


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